うつ病になって引っ越す気力もなくなった
世田谷のアパートから、家賃を払えず新宿中央公園のホームレスへ。99年のことだった。ほかの安いアパートに引っ越すなどの手段は考えなかったのだろうか。
「よく周囲からはそう言われますよ。でも、身体も動かなくて、うつ病になったら引っ越す気力もなくなるんです。公園から追い出されることもなかったから、ゴミ箱を漁って雑誌の転売をしてた。今から5年前にたまたま新宿のNPOの人に声をかけられて生活保護を申請したんです」
現在の生活保護の受給額は14万円弱。稲葉さんは、今以上の裕福な暮らしは求めていないという。
「タクシー運転手時代の深夜労働が思った以上に身体をいじめていたみたいです。定期的な健康診断はもちろんだけど、30歳のころに『まだ動ける』と思わず、無理するのをやめていればこんなことにはならなかったのかも……」
身振り手振りを交えながら話す稲葉さんの荒れた手のひらは、ホームレス時代の過酷な状況を想像させるには十分だった。