「キレず我慢」にも法的リスクがある

ヒントになる判例がある。ある損保のサービスセンターで、課長が部下をメールで叱責した。パワハラだとして部下が会社を訴えたが、論点の一つが、本人だけでなく他の従業員数十人にもメールを送って晒し者にしたことだった。

「この事件では、最終的にメールの表現について違法性が認められる一方、他の従業員に送ったことについては叱咤督促する趣旨で、目的は是認できるとされました。つまり、失敗を共有することが業務上必要ならそれだけではパワハラにあたらないということ。逆に、そのミスに関係ない他の部署の人間にまで知らせるようなキレ方はアウトです」

ところで、この事件で違法性が認められたのは、叱責の表現が不適切だったからだ。具体的には、「意欲がない。やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。(略)あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか」といった表現が問題視された。

「具体的な基準を明確にしたうえで、『これができないと評価されない。ボーナスが下がる』といった言い方なら正当な指導と言えるでしょう。しかし、『辞めちまえ』『おまえなんかクビだ』というように、雇用の根本にかかわる言葉を使って叱責するのは、叱責した側にマイナス要素となります」

そのほかに危険なのは、「親の顔を見てみたい」など、生まれや育ちに関わる言葉もパワハラ認定されやすい。

部下に対してキレる際、気をつけたいことがもう一つある。いきなり爆発させるのではなく、きちんと手順を踏んでキレることだ。

ある企業に、遅刻の常習犯がいたが、会社からの注意は口頭のみ。本人が始末書の提出を拒み続けていたために、客観的に指導、処分したという文書での証拠がなかった。ついに遅刻の回数は約1年半の間に180回に到達。ずっと我慢していた会社もついにブチ切れて、その社員を懲戒解雇にしてしまった。

1年半に遅刻回数180回は、十分に懲戒解雇に値する。しかし、解雇された社員が会社を訴えたところ、会社側が負けてしまった。その理由を千葉弁護士はこう解説する。

「指導、処分した証拠がなく、問題社員に是正の機会を与えなかったと認定されたからです。たとえば遅刻が目立ち始めた段階で口頭注意して、それでも直らなければ停職や減給。さらに最後の手段として解雇という流れなら問題はなかったはず。我慢を重ねたのちに突然キレるのは法的リスクが高い。キレるなら計画的に手順を踏みつつキレるべきです」