「実は、ポツダム宣言受諾時に、国民が主権を握る革命が起きていた、その国民こそが憲法を制定したのであり、アメリカ人が憲法を制定したのではない」。このような「物語」を、憲法学者たちは「八月革命説」と呼ぶが、荒唐無稽な絵空事とはされていない。東大法学部教授・宮沢俊義によって提唱された「八月革命説」は、京都大学系の憲法学者らの厳しい批判の繰り返しにもかかわらず、憲法学界の「通説」あるいは「多数説」といった地位を得ている。すべては、アメリカ人が憲法を起草した、ということを認めると、「押しつけ憲法」改正論の連中に利用されかねない、という政治的思惑から広まった「神話」である。

今や国際政治学者であっても、憲法解釈を整理することに躊躇すべきではないかもしれない。イデオロギーで凝り固まった訓詁学(編集部注:一つ一つの字句の意味を研究する学問)的な憲法解釈ではなく、日本国憲法の前文に書かれている「国際協調主義」の精神に沿った、より常識的な憲法解釈が求められているからだ。

国際的平和構築の文脈で憲法を読む

アメリカの影を認めながら憲法を論じるとは、どういうことだろうか。日本国憲法は戦後平和構築の政策的配慮によって作られた、ということを認める地点から、議論を開始するということだ。主権者である国民の意思にしたがって憲法が制定された――といった極度に抽象化された言い方でのみ、憲法制定の経緯を述べるのではなく、具体的な時代状況の中で、憲法制定の背景を語るべきだ、ということである。そして、「革命が起こったので日本国憲法が制定された」といった非歴史的な言い方で憲法を説明するのではなく、現代世界の数多くの諸国の法体系が説明されるときのように、平和構築の政策的配慮をふまえて、憲法を説明していくべきだ、ということである。

次回は実際に、日本国憲法のテキストを、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が起草したときのスタイルに近い英語で、読者の皆さんと一緒に読んでみることにしよう。

東京外国語大学教授 篠田英朗(しのだ・ひであき)
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程終了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保」(風行社)、『ほんとうの憲法 ―戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)など。
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