そうレイティ博士が言うと、為末氏が腰を上げた。つられるように会場を埋めた観客が立ち上がる。
「手を目の前に出して、引いた後に座りながら床にタッチしてください」
「That's right! 次は手を引く時に私に合わせて声を出して…!」
「OK. これで、皆さんの集中力も高まったはずです」
トークセッションはユニークな形で始まった。
「座り続けること」のリスク
【為末】今まで本を書かれてきた中では「身体をどのようにコントロールするか」ということが大きなテーマだったと思います。「脳は身体の一部」という主張に衝撃を受けました。そもそもどういった経緯で研究アイデアを着想されたのですか?
【レイティ】私自身、以前はアスリートだったので、元々運動の肝要さは認識していましたが、ボストンで精神医学の研究をしていた際、ある患者に出会いました。彼はマラソンランナーでしたが、膝を痛めてランニングを中断していました。MITの著名な教授であった彼は落胆し、これまで通り仕事に取り組むことが出来なくなり、私のところに訪ねてきた。注意欠陥障害を患っている様に思われたので、薬を処方し、症状は回復しました。しかし最も効き目があったのは、痛めていた膝が治ったことだったんです。彼は、また走り始めました。そこで私は、運動が脳に対して大きな影響を及ぼすということに気が付いたんです。
【為末】では、運動の効果を示す事例はどのようなものがありますか?
【レイティ】最近関心を集めているものとして、日本の田畑先生という方が確立した『タバタ式トレーニング』というものがあります。これは日本で生まれた理論ですが、日本でも知らない人が少なくありません。『タバタ式』は身体と脳に刺激を与える上で早くて有効な方法です。何をするかというと、30秒の中で、20秒間負荷の高い運動を行い、10秒間の休息を挟むというものです。これを8セット繰り返します。われわれは『高強度インターバルトレーニング』と呼んでいますが、身体だけではなく、心臓や脳にも影響を与える上で有効な手段です。
※タバタ式トレーニング:立命館大学スポーツ健康科学部、田畑泉教授によって考案されたトレーニング理論