――でも、今はグローバルで見ても、丸ごと一台目標にするようなクルマは一台もないですよね。

【藤原】最近のクルマで、このクルマ一台でというのはないですね。ですからウチのメンバーみたいに昔のメルセデスの「W124」を持ってくるとか、シトロエンの「2CV」を持ってきたり、ルノー・キャトルを持ってきたりするんですね。今時そんな古いクルマを持ってくるって、わけがわからんのですが、特定の領域だけ見るとスゴく良いんですね。

――新型CX-5の直進安定性は、ちょっとW124に近い感じを受けました。今、直進安定性の指標としてゴルフ(7代目)は素晴らしいということになっています。実際スゴいと思います。ただ、先日某社のエンジニアとゴルフのあのステアリングフィールについて話をしていて、「あれって整形美人だよね」っていう結論に達したんです。美麗な感触はパワステモーターが作り出した仮想反力で、実はリアルな路面の情報ではありません。美麗とは何かをちゃんと知っていて、それを意図的に作れることはスゴいけれど、究極的なところで言えばあれはウソだと思います。電動パワステ時代のものだと考えた時に、それが善か悪かは別として、やっぱり素晴らしくてもウソであることは変わらない。でもW124はそれが本物だった。それだけに、CX-5がW124に近いと感じたことに驚きました。

【藤原】私がドイツの研究所にいた1989年に、ドイツの森の中をW124で走っていたんです。細い道だったんですけど、対向車がこちらにはみ出して来て「あっ、もうダメだ」って思った所から、無理やり曲がってかわしました。その時の、接地感のある挙動がすごかったんですね。そこからW124のトリコなんです。30年以上、あれをやりたい、ぜひやりたいとずっと言い続けています。

――W124が今の言葉で言う「神グルマ」だったかというとそう言うわけではなく、ダメなところもあったんですが、ただ、いくつかのポイントについては本当に感動する様な美点がありました。そういうクルマは、今探してもないです。お金があっても欲しいクルマがない今、マツダがそういうものをもう一度作ってくれるとしたら素晴らしいです。だから、目標として日本の自動車文化のための良いクルマ作りがあり、そのための方法論としてコモンアーキテクチャーがあるという話には、非常に希望を感じます。

【藤原】ありがとうございます。でも、まだまだです。CX-5でもまだ全然満足していません。だからもっと良いクルマにしていくようにしごいて……いや指導しているんですけどね。

JC08モードのカタログ燃費なんて何の意味もない

――先ほど、目標は自分たちの考えで作るとおっしゃいましたが、どうしてもモノ作りにはリファレンスが必要なんじゃないかという気がしてならないんです。例えばW124の美点の話のように、過去の何かに秀でたクルマを指標にして、目標設定をするのとはどう違うのですか?

【藤原】(クルマの美点が)分からない人たちにとっては、何かに秀でたクルマは、乗せて体験させないと分からないから乗せますが、それを数値化したりはしないですね。昔のクルマはやっぱり現代的ではないので、数値化すると数値にとらわれて、今の指標で見て「良くない」「ダメだ」と判断してしまいます。「この(乗り)味」とか「この減衰感」とか「こういうクルマの動き」とかっていうのを感じさせて、感じたものをクルマ全体で実現する、というやり方です。数値的なリファレンスではないんです。だから、数値的な意味では目標設定っていうのはしていないかもしれないですね。ちょっと極端に言えば、「サスペンションはこういう動きをしたら良いよね」というのを伝えるくらいで、あとはどうやってそういうものにしていくかということです。もちろん会社としては数値を求められる部分もあるので、ある程度表面的には数値設定もしますが、それが開発のよりどころにはならない。(指標にはするが)数値化はしていないと言うのが正しいかもしれないですね。

――確かに、数値のベンチマークを置くと分かりやすくはなりますが、大体ロクなことが起きないですよね。

【藤原】そうなんです。数値に置き換えると大体失敗しているので。エンジンでもそうです。アクセルペダルを踏んだ時の素直な力の出方が大事なのであって、加速タイムが何秒とかではありません。素直な特性が大事なんです。(数値ではなくフィーリングの方に)集中させているものですから、カタログ燃費は落ちたりしますけどね。でも実用燃費は上がっているんです。

――カタログ燃費というのは、国交省届け出のJC08モード燃費ですね。まさにあれは、数値設定による弊害ですね。“お受験対策”の数字であって、クルマの本質とは関係ない話で。

【藤原】カタログ燃費の向上に特化してしまうと、特殊な運転の仕方に合わせたセッティングになって、お客さまにとってもっと重要な、実用燃費やドライバビリティが悪くなります。だからあんなもの、止めてしまえ、と。