「岸信介の娘婿じゃない。安倍寛の息子」

おそらく、岳父である信介氏の威光もあったはずである。早くから自民党の“プリンス”と持ち上げられ、50歳で農林相として初入閣してからは、官房長官、外務大臣、党幹事長と要職を歴任する。だが、総理総裁の座を目前にして病に斃れてしまう。そんな晋太郎氏は常々、周囲の者に「オレは岸信介の女婿じゃない。安倍寛の息子なんだ」と漏らしていた。事実、言葉通りの政治姿勢を貫いたといっていい。

三代目の安倍首相は逆に、自分のことを「安倍晋太郎の息子」ではなく「岸信介の孫」と語っていた。彼の祖父に対する敬慕の念は強く、著者はこんなエピソードにも触れている。それは、彼が高校生時代、教壇に立った教師が日米安保条約を批判したときのことだ。晋三氏は「安保には経済条項もある。そこには両国間の経済協力も書かれている」と反論したという。

もちろん、いかに政治家として功成り名を遂げた祖父や父を持とうと、個人の思想・信条は自由である。ただ現首相の場合は、それが極端に岸信介氏に似ている。祖父が安保改正を力ずくで押し切ったように、集団的自衛権の行使容認をゴリ押し。さらに、憲法改正を数の力で推し進めようとしている。そのことを著者は、祖父を真似ただけの空疎さと書くが同感である。

とはいえ、いくらそれを手本にしたとしても、政治家としての力量は足元にもおよぶまい。そのことは寛氏、晋太郎氏に比べてもいえる。祖父、父、そして子と世襲を重ねていけば、志も能力も劣化していくのかもしれない。ただ、日本国民はそんな政治的リーダーが国の舵取りをしていることを忘れてはならないだろう。