機内が満席で搭乗に時間がかかり遅れたお客様もあって、30分ほど出発が遅れたことがあります。私はいつものように後方の席に座っていました。お客様が殺気立ったようにイライラされているのがわかります。そのときの客室乗務員が京都出身の女性だったんです。通常は遠慮がちに標準語でお詫びのアナウンスをするところを、はんなりとした京ことばで語り始めました。見る見るうちに機内の雰囲気が和らいでいったんです。日ごろから、客室乗務員はマイク片手に「ほんま、おおきに」と機内でご挨拶したりしています。

ピーチの初便となった2012年3月1日の関西国際空港発―新千歳空港行きの機内アナウンスで、機長は「ピーチでは、写真撮影時の掛け声は通常の『チーズ』でも『ピース』でもなく『ピーチ』でお願いいたします」とお話しして大いに受けていました。

マニュアルに書いてあることだけに頼る人は、たぶん何か予期しないアクシデントが起きたときに柔軟に対応して話すことができないでしょう。危機管理の訓練は徹底してやっていますが、マニュアルでは最低限のことしか決めていないし、私も何も命じていません。だから、機内アナウンスでは京都弁から岸和田弁、尼崎弁と、客室乗務員それぞれのお国言葉が流れてきます。その結果、どうなるか。微妙な関西弁のニュアンスによってお客様とのコミュニケーションが自然体で活性化するんですよ。よくいう紋切り型の営業トークは弊社には向きません。私たちにはこのスタイルが合っています。

ピーチ・アビエーションCEO 井上慎一
1958年、神奈川県生まれ。82年早稲田大学法学部卒。三菱重工業を経て、90年全日本空輸(ANA)に入社。北京支店総務ディレクター、アジア戦略室長(香港)などを歴任。2011年日本初の本格的LCC、ピーチ・アビエーション(当時の社名はA&Fアビエーション)を設立、以来現職。
 
(樽谷哲也=構成 森本真哉=撮影)
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