父親が命がけで守ろうとしたもの

かたや、義明氏も鉄道、ホテルを中心に、万座、苗場といったスキー場、川奈ゴルフ場など、観光事業を積極的に展開。康次郎氏の事業財産を、ほぼそのまま手にしたとはいえ、フォーブス誌の世界長者番付で1位に輝いてもいる。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いというのは、当時の義明氏のためにある言葉だったといっても過言ではない。

だが、栄華の時代も瞬く間だった。セゾン崩壊の発端になったのは、2000年に5583億円もの負債を抱え、事実上倒産したグループ会社・西洋環境開発だ。この破綻により、その頃はファミリーマート、無印良品など200社になっていたグループは解体していく。そして西武鉄道はといえば、04年に総会屋への利益供与が発覚。事件はさらに有価証券報告書の虚偽記載が明らかになり、義明氏の逮捕にまでいたってしまう。

もはや、西武王国が昔日の面影を取り戻せないことは誰にもわかった。だがここで、清二氏は堤家の利益を守るために争う姿勢を示していた。それはやはり“家長”としての自覚だったのかもしれない。児玉氏は出版後のインタビューで「堤の人生は父から授けられた業と運命に翻弄されながら闘い尽くした一生だったような気がする」と語っている。それはまさに、ある種の呪縛といっていい。しかし清二氏はこうつぶやいたのである。

「それでもやっぱり父がね、命がけで守ろうとしたものを、子供として守ってやりたいと思うもんなんです。父が命をかけたんですよ。何だかんだと、批判はされました。罵倒もされました。本当に色んなことを言われたけれど、父は命をかけたんですよ。それを息子は守ってやりたいと思うんですよ」