逆境からの逆転を描いた企業エンターテイメント
埼玉県行田市にある老舗足袋メーカーの「こはぜ屋」。100年の歴史を誇る老舗企業だが、御多分にもれず、時代の変化への対応に苦慮していた。かつて、行田は足袋の町だった。日本人にとって足袋が日常の履き物であった頃、ここには多くの足袋工場が軒を連ね、年間8400万足、国内の8割ほどを生産していた。それが、平成のいまは生き残った業者は数えるほどだ。
こはぜ屋もその1軒だが、業績はジリ貧。四代目社長の宮沢紘一は、銀行からの運転資金借り入れにも苦労する毎日だった。生き残るためには、何としても起死回生の新規事業を立ち上げなければならない。とはいえ、武器になりそうなものといえば、長年培ってきた足袋製造のノウハウだけである。それでも宮沢は、かつて同社が製造していた“マラソン足袋”をヒントにランニングシューズの開発に挑む。
この小説には大勢の人物が登場して舞台を盛り上げる。こはぜ屋の従業員のほか、地銀の支店長や融資担当者。宮沢社長たちが、新しいシューズでサポートしようという大手食品会社の陸上部の監督とランナー、競争相手となる大手スポーツ用品メーカーの社員たちだ。人材確保、資金繰り、イノベーションといった経営面の難題を織り込みながらストーリーが展開していく。著者が得意とする逆境からの逆転を描いた企業エンターテイメントである。
選ばれた社員数名でスタートしたプロジェクトチームが開発したランニングシューズは「陸王」と名付けられた。足袋の伝統を生かしたシューズは軽く、和風の雰囲気を醸し出してはいたが、いきなり世界的なスポーツブランドと競うのはむずかしい。だが、こはぜ屋チームのものづくりへの情熱は、画期的な新素材とその特許を持つ技術顧問、さらにアドバイス役となるシューズマイスターとの出会いを呼び込む。ここから、まさに零細企業のブレークスルーがスタートする。