最大の競合である日本郵船と比較してみよう。日本郵船は、陸・海・空の事業領域を絡めた「総合物流事業戦略」をとってきた。一方の商船三井は海運一本。両社の違いは、07年度末のバルカー、タンカー、LNG船など資源・エネルギー系の船体整備に顕れている。この分野の日本郵船の運航規模は492隻。一方の商船三井は590隻。他社に先駆けて商船三井はバルカーを中心に船腹確保の手を打った。新興国と資源国とを結ぶ「第三国間輸送」船団を形成したのである。芦田が語る。
「02年頃、各地からの情報で、これは荷が動くぞ、と。以来、用船も含めて毎年50~70隻くらい増やしてきました。鈴木邦雄社長(現会長)時代の判断です。日本出し、日本向けの荷物は横ばいか微増。日本のお客さんを軽視するわけじゃない。しかし資源は世界に偏在し、消費地と離れている。そこをつなぐのが海運。海外の売り上げ、利益の比率を6割、7割まで高めたい」
02年当時、市況は悪く、船価も安かった。そこでリスクを取って一歩前へ出た商船三井と自重した日本郵船。両社の戦略の違いは、6年を経て売上高経常利益率の差という現実を突きつけてくる。日本郵船の7.7%に対し、商船三井は15.5%。ほぼ2倍の開きだ。この差を読み解く鍵は「荷主」との向き合い方にも潜む。
貨物の売り手と買い手の取引条件(どちらが運賃や保険料、関税などを負担するか)は、力関係で決まる。売り手の負担が軽いのはFOB(本船積込渡し)、逆がCIF(仕向け港までの運賃・保険料込み)。いずれにしろ荷主は、諸費用を負担する代わりに船会社はじめ陸送、空輸業者との交渉力を強め、スケジュールを管理する。
たとえば、世界最大の小売業・ウォルマートは、FOBで中国から衣料品を買い付ける際、メーカーに商品の種類や出荷、配送の時期を細かく指示し、コンテナ船も決める。荷主が輸送業者を効率的に組み合わせるのが世界の趨勢だ。
これに対し、日本郵船は総合物流戦略で向き合う。が……業界関係者は言う。
「陸、海、空と契約者が異なるのは世界の常識で、お任せ式の総合物流を喜ぶのは日本の一部の荷主さんくらい。日本郵船も本音では方針を転換したいはず」
かたや海運に専念する商船三井は「一本足打法」と口の悪い業界記者に茶化される。こうした見方に、芦田は「うちは百足経営です」と胸を張る。
「経営資源や組織は、過度に分散させません。海運に軸足を置いていますが、一本足じゃない。荷は、鉄鉱石、自動車、コンテナ、石油、LNG、木材チップ、石炭……と多様で船の大きさもいろいろ。経営の足はたくさんあって、相互補完的に動かさなければなりません」 かつて構造不況業種と呼ばれ、いつ潰れてもおかしくないといわれた海運業。バブルとは無縁だった。商船三井の「百足経営」は、プラザ合意でどん底に突き落とされ、世界経済の荒波にもまれるなかで培われてきた。時代は80年代後半、「冬の時代」へとさかのぼる。 (文中敬称略)