見えない課題を掴む「直接対話」

2006年は、ビール類市場のシェアで、アサヒビールに0.2ポイント差まで肉薄した。しかし、私が社長に就任した2001年は、キリンビールがアサヒにシェアの逆転を許す厳しい年だった。年明けからずっとアサヒに追い上げられていた。打つ手、打つ手も一時的な効果のみで長続きせず、結果もついてこなかった。社長就任は、いわば逆風の船出となった。

私はビール会社社員でありながら、ほとんどビールに携わっていない。小岩井乳業や医薬事業などを経験してきたが、未経験の分野にチャレンジするわけで、誰とでも“ダイレクトコミュニケーション”をしようと考えた。医薬事業にはキリン社員だけでなく、製薬会社からの転職組もいたので、それぞれ違うバックグラウンドを持っている。そこで「これをやりたいんだ!」という基本を示して、それをベースに何度もディスカッションを繰り返した。