テロ摘発を可能にした「インテリジェンス」とは
インテリジェンスという英語には、「情報」「極秘情報」「秘密諜報戦」などいろいろな訳語があてられている。だが、いずれもぴったりこない。だから原語のまま使われているのだろう。“機密情報”“知られざる諜報戦”といった狭い義に解されることが多い。しかしこの言葉には、より深くて広い意味が込められている。
河原に転がっている夥しい数の石を思い浮かべてみればいい。その多くはインフォメーション。つまり、ただの石ころにすぎない。だが、経験を積んだ、志のあるインテリジェンス・オフィサー(情報士官)がじっと眺めていると、そのいくつかは違った表情を見せ始める。それを選り抜き、磨いてみる。つまり、選択・分析して、真贋を見分ける。その果てに見えてきた構図を簡潔なインテリジェンス・リポートにまとめあげる。
だが、これでインテリジェンスが完結するのではない。その報告は、国家の舵取りを委ねられた者に託され、役立つものでなければならない。国家なら大統領や首相、大企業なら社長といったトップリーダーの最終決断に資するようなところにまで昇華されたものが、真のインテリジェンスなのである。巨大タンカーの舵を取る者の指針にならなければ意味がない。そのために、情報士官の知性によって磨き抜かれ、指導者に委ねられるもの、それがインテリジェンスだ。
その失敗例と成功例を1つずつあげよう。失敗例は昨年2月のガセメール事件。野党党首が、玉石混交の政界のインフォメーションの中から「ホリエモン・メール」を、党首討論という公的な場で政権党を追い詰める道具に使ってしまった。だが、その結果は惨めなものだった。情報の裏を取り、背景を分析する段階で、言葉を喪ってしまうほどずさんな処理がなされていたのである。総選挙に勝てば首相になる。そんな人物のインテリジェンス感覚はまさにあの程度でしかなかった。そんな指導者を擁する国家とインテリジェンスを交換しようという国などないはずだ。日本の安全保障を大きく損なう事件だった。
成功例は昨年8月10日のロンドン旅客機爆破テロ未遂事件の摘発だろう。イギリスの情報機関には、前年の2005年7月、ロンドンの同時爆破テロで52人の犠牲者を出し、世論の厳しい指弾を受けた苦い敗戦訓があった。彼らは即座にリターンマッチを決意し、電話の盗聴、メールの中身の探知、二重スパイといった法のグレーゾーンにまで踏み込み、自国民であるイスラム系市民のコミュニティの監視を強めた。24時間監視体制を敷き、数千人単位から徐々に標的を狭め、最後は50人程度に監視対象を絞り込んだのである。
そして、英国とパキスタンの間で交わされたeメールの中に、航空機への爆弾テロ決行が間近であるとのインテリジェンスを得た。二重三重に裏を取った結果、その疑いが濃厚となったため、情報士官が簡潔なリポートにまとめ、カリブ海で休暇中のブレア首相の下に提出。ブレア首相はブッシュ米大統領とも連絡を取り、摘発を決断。事件を未然に防ぐことに成功したのである。