非合理なパーティー、皆で踊れば怖くない?
「皆が踊っている間はパーティーはやめられない。たとえそれが非合理的なものであったとしても」
2008年9月に破綻したリーマン・ブラザーズのリチャード・ファルド元最高経営責任者の発言である。
サブプライムローン関連のビジネスは、いずれ破綻すると多くの人が理解していた。しかし、目の前ではみんなが儲けている。だから、たとえ乱痴気パーティーでもやめるわけにはいかなかったというのだ。まさに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という状態で目先の利益を追い求めたあげくに破綻した。そして、世界を金融危機と大不況の渦に巻き込んでしまった。
株の大暴落やバブル崩壊といった現象は、歴史上たびたび繰り返されてきた。興味深いのは、プロの投資家として金融工学にたけた人々までが、なぜ、そこにいたるまでに非常に非合理な行動をとるのかということだ。
ファイナンス理論というものは、人間の合理性と、市場の妥当性や効率性を前提としている。すなわち合理的な投資家がいて市場が機能している限り、非合理的な行動をとる投資家は駆逐されてしまうということだ。結局は、合理的な行動をとった投資家だけが市場に残って儲けられるということになる。
しかし、現実は机上の理論どおりにはいかない。非合理な投資行動をとりながらも儲けた投資家はたくさんいる。いままでは合理的に行動していた人々までが巻き込まれ、一気に非合理な行動に走ることさえある。
サブプライムローン関連の金融商品市場はまさにそうだった。多くの投資家が理論的には破綻するはずのサブプライムローンが組み込まれた金融商品を買うという非合理な行動をとっていた。それを見ていた合理的な投資家が、逆のポジションに張って利益を上げようとしてもうまくいかなかったかもしれない。
その時点では、まだ不動産価格は上昇しており、バブルに乗った投資家のパフォーマンスの良さは群を抜いていた。結果として、多くの資金が流れ込み、パフォーマンスの悪い合理的投資家を資金量で駆逐したかもしれないからだ。合理的投資家はある意味、承知のうえでバブルに乗ったのである。
日本においても、1980年代後半にバブルが起きた。それをバブルだと認識し、たとえば87年前後に、株は高すぎる、土地も高すぎると考えて、いち早く株や不動産をすべて売ってしまった投資家が儲けたわけではない。株も土地もその後3~4年は上がり続けたからだ。
合理的な投資家を市場で勝たせるためには、合理的に行動する投資家たちを理解し、そこに資金が集中的に流れる仕組みをつくることだが、その仕組みを整えることは簡単ではない。
なぜなら、誰が合理的な投資家なのかがわからないからだ。直近のパフォーマンスに基づく判断が大きなバブルを生む可能性があることはすでに述べた。合理的投資家にしても、資金の集まらないような運用はできない。それに、勝てば高報酬、負けても失職といった状況では、バブルに乗ったほうが得な場合もあり、歪みが是正されない。
本来市場のあるべき姿を前提としたファイナンス理論や金融工学の考え方が間違っているわけではない。しかし、現実世界では、その仮定が成立しないことがあることを念頭においておかなくてはならない。
日常の私たちの行動を考えてみても、7~8割は合理的に動いているだろう。しかし、誰しも時に感情的になって、周囲の人に振り回されてしまうこともある。
先に述べたとおり、投資のプロも例外ではなく、そのときの気分や感情に流されてしまうことがある。ほかのヘッジファンドが買っているから大丈夫と、自分たちもリスクを無視して商品を買う。出資者を満足させる短期の運用収益を上げるという意味では合理的だが、リスク評価を放棄するという意味で、長期的にはきわめて危険な他人への追随行動である。
※すべて雑誌掲載当時