会社は映画プロダクションと同じ

2000年になると、「スーパーバリュー500」シリーズと銘打ち、2000~3000円が一般的だった折り畳み傘を500円で発売した。これが、現在のポケフラット(発売は2004年)である。

「当時のタクシーのワンメーターより安くしようと値段を500円にしました。いまはタクシーの初乗り料金も700円になったので、『スーパーバリュー700』になったのです」

一般の折り畳み傘より4分の1~6分の1という価格だから、飛ぶように売れるかと思いきや、当初は売れなかった。それまでは雨が降ったら、傘屋が運んでくるという販売形態で、シューズセレクションの商品とは相容れなかったからだ。

そこで、林はこれまで傘を扱っていなかったドラッグストアや書店などに片っ端から飛び込み営業をかけた。代々木駅前で、「これは一等地の店だ」と思って飛び込んだら、交番だったこともあった。徐々に新たな販売ルートが増えて、ポケフラットは売れ出した。こうして1アイテムで月間30万本も売れる大ヒット商品となったのだ。

林の経営スタイルは独特だ。黒澤明監督の大ファンで、会社も映画作りの黒澤プロダクションと同じだと考えている。そのため、社員には役職もノルマも何もない。林はひたすら新商品を開発し、あとは社員たちが自発的にチームを作り、それぞれの担当や目標を決めて運営している。

「傘を作るための会社なので、利益を大きくするという発想がありません。傘以外にレインコートやレインシューズなどの商品も作ってはどうかといわれたことがありますが、傘以外に全く関心がないんです。だから、うちはいわゆる“会社”ではないでしょうね。黒澤プロと同じように1人ひとりがプロになって、やるべきことをやってくれているのです。みんな優秀ですよ。定年もないし、よかったら、みんなずっといてくれればいいと思っています」

林もかつては社員を怒鳴りつけ、率先垂範で経営していたが、あるとき卒然と悟ったのだという。

「ある日、目が覚めたら、それまで怒鳴っていたある社員のよさが急に見えた。なんてすばらしい奴なんだと思ってね。そうしたら、他の誰に対しても見る目が変わりました。僕も少しは成長したのかな。いまでは勝手に社員が動いてくれます」と林は大笑いする。

いま、林が考えている究極の傘がある。1つは「万年筆サイズまで折り畳める傘」。もう1つは自動的に折り畳まれる「折り畳まない折り畳み傘」。すでにアイデアを実現するために動いているという。

「近い将来、きっと実現する。それまで僕は生涯現役で傘を作り続ける」

林の頭の中では、そんな傘を使っている人々の姿がきっと見えているのだろう。

(文中敬称略)

株式会社シューズセレクション
●代表者:林 秀信
●設立:1986年
●業種:傘の企画・製造、卸
●従業員:35名
●年商:38億円(2015年度)
●本社:東京都目黒区
●ホームページ:http://www.water-front.co.jp

 

(宇佐見健=撮影、シューズセレクション=写真提供)
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