古くからオープン化が進んだ出版・印刷業界
現在の企業経営およびマーケティングのトレンドである「オープン化」とは、いわば分業化である。発電と送電、設計と製造、仕入れと販売、あるいは所有と利用。こうした各種の事業を成り立たせる諸活動を、ひとつの企業が丸抱えするのではなく、複数の企業で分担するシステムへと移行することで、規模の経済(多くつくって商品単価を下げる)や範囲の経済(事業の数を増やして共通コストを分散させる)をより高い水準で引き出す(加護野忠男・井上達彦『事業システム戦略』)。システムは集権的にコントロールするよりも、市場の調整に委ねた方が効率的だ――この主流派経済学のテーゼに沿ったオープン化は、多くの産業で進行している。
クラウドサービスは、このオープン化の利点を活用した事業のひとつのあり方である。図を見て欲しい。企業のデータセンターが個別にピーク時のトラフィックに対応しようとすると、ほとんどの時間帯は余剰能力を抱え込むことになる。この非効率を解消するのがクラウドサービスである。トラフィックのピーク時が異なる複数の企業が、クラウドサービス会社の提供するレンタルサーバーを共同利用すれば、需要は平準化され、個別に投資する場合と比べて、はるかに効率的な運用が可能となる。
図 サーバーによるトラフィックのピーク時への対応
オープン化は新しい問題なのか。答えはイエスであり、ノーである。エレクトロニクス産業やエネルギー産業では、オープン化は近年の動きだが、産業によっては古くからオープン化が進んでいた産業もある。
『電子立国は、なぜ凋落したか』の著者で日経エレクトロニクス元編集長の西村吉雄氏によれば、集積回路(IC)における設計と製造の分業化は、雑誌における出版と印刷の関係に似ているという(同書より)。そこでは、出版社がコンテンツを制作し、印刷会社が製本を行うという分業が、近年のデジタル技術の登場や産業のグローバル化を待たずとも、すでに出来上がっていた。
この分業体制の中で、出版社は企画や編集に特化し、取材やライティング、あるいはデザインや校正などは外部スタッフを使う。印刷産業も同じだ。刷り部数や求められる表現によって、適した印刷機は異なり、印刷会社ごとに得意の技術や工程に特化する棲み分けが確立している。
とはいえ、印刷・出版は時代の先端をゆく成長産業なのではない。紙のチラシやカタログ、あるいは書籍や雑誌の国内市場は縮小傾向にあり、ピークの1990年代後半と比べて6~7割ほどの規模にまで落ち込んでいる。しかし、この逆風下の20年間に業績を立て直したり、着実な成長を続けている企業がある。
グラフ(株)(本社・兵庫県加西市)はそのひとつ。経営者は高名なデザイナーの北川一成氏。一時は倒産の危機にあった同社だが、2003年以降は黒字経営が続く。スタッフの数を絞りながら、1人当たりの売り上げを3倍に伸ばしてきた。特殊だが高度な印刷表現の力を高めるために、多種類の印刷機を自社内に揃えるようにしている。多くの印刷会社が、専門特化によって投資効率を高めようとしているのとは、逆の方向性である。さらにグラフでは、インクの配合割合のデータベースなどについても、インクメーカーに頼ることなく、独自に構築している。
こうした方向転換の結果、グラフでは、色の管理をはじめとする印刷表現の高度化を実現している。さらには、印刷技術を知り尽くしていることから生まれる大胆で繊細な北川氏のデザインが、毎年売り上げ好調なセブン-イレブンの「私製ハイブランド」年賀状を始め、高級ブランドなどに向けた付加価値の高い仕事の受注を促している。