孫正義を世に送り出した伝説の技術者

私の目の前に1枚の名刺がある。「工学博士・佐々木正」。シャープ元副社長である。2年前、ソフトバンクグループの孫正義代表についてのコメントをもらった際に受け取った。ひっくり返すと、スーツ姿にネクタイをなびかせた細面の男性が「SHARP」と書かれたロケットにまたがり、宇宙を飛び回るイラストが描かれている。彼こそが、本のタイトルである「ロケット・ササキ」その人だ。

『ロケット・ササキ』大西康之著 新潮社

100歳を目前にしていた佐々木氏は、インタビュー場所である尼崎市の介護付きマンションの瀟洒な中庭が見渡せる応接間に車イスで現れた。ところが、話し出すと年齢を感じさせない明晰さで、孫代表が「私だけの恩人ではない。電子立国日本の大恩人だ」という背景を、ゆっくりと説明してくれた。すでに40年近くたつが、佐々木氏が若き日の孫代表に惚れ込み、彼が開発した電子翻訳機に、当時の金額で1億6000万円を投資したことは知る人ぞ知る。

だがやはり、佐々木氏の名を伝説にしているのは、孫代表の言葉のように、日本のエレクトロニクスを牽引したことだろう。早川電機工業、後のシャープの技術トップ兼経営者として、小型電卓、液晶、太陽電池を世に送り出した功績は小さくない。なにしろ、日本の高度経済成長を支えた電子産業において、日本を世界に冠たる国にした立役者の1人である。

著者で企業や人物のノンフィクションを得意とする大西康之氏は、そんな佐々木氏のエンジニア人生を生い立ちから太平洋戦争中の軍事研究まで言及。戦後のトランジスタへの着目、民生分野での活躍と筆を進めている。そこでの佐々木氏を象徴するキーワードが「着想力」と「共創」だといっていい。この2つがあったからこそ、早川電機が、世界のシャープに成長した。