ぶつかりあう複数の要請を調整するのは、法を制定・適用するうえでの要である。たとえば刑事手続きにおける、「真実発見の必要性」(事実を明らかにするための取り調べなど)と「被告人の人権保障」の衝突は一筋縄ではいかない問題であり、刑事訴訟法において両者の調整が図られている。放っておけば偏ってしまう現象を人為的に修正することも、法律に課せられた重要な役割だ。法律には「バランス」が必要なのだ。

同様に、「観光」と「環境」のサジ加減も、決して一筋縄ではいかない。地域の経済効果を上げようと、観光事業を推進して多くの観光客を全国から呼び寄せようとすれば、過去の大規模リゾート開発と変わらなくなり、地元の貴重な自然環境や伝統文化が犠牲になってしまう。そうなれば、観光資源を持続可能な形で保全できなくなるため、いずれは事業そのものも立ちゆかなくなる。かといって、環境保全策を強めれば強めるほど、説教くさい窮屈なツアーとなり、休暇を楽しむ場所としては魅力を削がれる結果となってしまう。早い話が、観光地として面白くなくなるのだ。

1987年に制定された、総合保養地域整備法(いわゆる「リゾート法」)は、両者のバランスを取ることができなかった例だといえる。環境軽視との批判もあったこの法律は、民間企業による大規模なリゾート開発を加速させ、工作物の集合体に頼った企画的観光地を増殖させたが、結果的にその成功例はほとんど見あたらない。バブルの崩壊をきっかけに、いわゆる「安・近・短」を志向する休暇の過ごし方が好まれるようになったこともあり、大規模リゾート計画は次々と破綻へ追いやられる結果となった。

環境省選定 エコツーリズム推進モデル地区
図を拡大
環境省選定 エコツーリズム推進モデル地区

そこで、2008年の4月に施行された「エコツーリズム推進法」では、一定のルールのもとで観光事業を程よく管理・運営し、「観光」と「環境」のバランスを取ろうとしている。「エコツーリズム」ないし「エコツアー」と呼ばれる観光スタイルは、地域固有の自然環境資源や文化資源を、観光と結びつけることにより、地域そのものの魅力を発掘し、地元住民の自発的な創意工夫も促そうとするものだ。たとえば、ユネスコ世界自然遺産にも指定された鹿児島県の屋久島では、15年以上前から民間主導でエコツーリズム活動を推進しており、「観光」と「環境」の共生を図っている。