戦争・差別と闘う気高き信念

1967年、アリ氏はベトナム戦争の徴兵命令を拒否した。その時のフレーズもまた、有名である。

<おれにベトナム人を殺す理由などはない。ベトコンはおれをニガーとは呼ばなかった>

アリ氏は「反戦・反差別」の人だった。この徴兵拒否により、チャンピオンベルトをはく奪され、3年7カ月のブランクをつくることになった。石井さんはこう、述懐する。「あのとき、これで(ボクサーとしては)終わりだなと思った」と。

でも、アリ氏は復活する。1974年10月30日、旧ザイール領コンゴ、当時のザイール共和国の首都キンシャサで伝説は築かれた。『キンシャサの奇跡』である。

当時、中学生の筆者は、たしかテレビで夜の録画中継をみた記憶がある。王者ジョージ・フォアマンの猛打をロープ際で耐えるアリ氏と、8回、崩れ落ちるフォアマンに追い打ちをかけないアリ氏の姿だけが残っている。忍耐と気高さを感じたものだ。

あれから42年。史上最大のスーパースターは2016年6月3日、入院していた米アリゾナ州フェニックスの病院で亡くなった。74歳だった。

オバマ米大統領をはじめ、世界中のあらゆる人々から死を悼む言葉がおくられた。元ヘビー級統一王者のマイク・タイソン氏の別れの言葉が秀逸ではないか。

「神がチャンピオンを迎えにきた。偉大なる王者よ、さようなら」

松瀬 学(まつせ・まなぶ)●ノンフィクションライター。1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)、『一流コーチのコトバ』(プレジデント社)など多数。2015年4月より、早稲田大学大学院修士課程に在学中。
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