実はこうした家訓はすべて「今日の利益のためよりも、明日の利益のために何をしたか」ということを実践するためにあるといっていいのです。サントリーさんから最初に「伊右衛門」のお話をいただいたときも、一度断りました。我々は家業でお茶屋をやっていて、事業のサントリーさんとは違う。私たちにとって大事なことは、のれんを守ることであり、次の時代に引き継ぐことです。私だけが思い切って、好き勝手するわけにもいかないのです。当時、うちはどちらかといえば贈答品がよく売れていましたから、有名になるということは品格を下げることにも繋がりかねなかった。

サントリーと共同開発した「伊右衛門」。創業者の名前を商品名にする案には、最後まで悩んだ。シリーズの茶葉やティーバッグは福寿園のグループ会社で販売。

私は「ブランドは消耗品である」とよく言うんですが、ブランドは守っていてはいけない。育ててこそ、ブランドの価値が出るのです。ただ、広く使われるとブランドの効果はそれだけ薄くなり、大衆化してしまう。だから、ずいぶん悩みました。仏壇や墓にも参りました。ご先祖様の「伊右衛門」という名前を使うということは、本来最後の手なんです。それは先祖からの歴史を全部懸けるということですから。

そんなとき福寿園の歴史を振り返っていると、その時代に価値ある企業であったからこそ、生き残ってきたのだということを再認識しました。単に守るのではなく、その時代に価値あるものを提供してきたからこそ今日がある。

うちもお茶屋で初めて、缶ドリンクを出した経験がありますから、そのときからペットボトルの時代になることはわかっていました。「ペットボトルが売れるからやりましょう」だったら、うちがやる必要はなかった。でも急須離れがあって、「急須で出すのに近い味をペットボトルでも出したい」というお誘いがあった。だったらやりましょうと。

でも、私は「二兎を追う」のが好きなんです。経営判断において2つの選択肢があった場合は、必ずどちらも正しいんです。1つだけ正しいということはない。経営には常に複数の案があるということです。だから、どちらを選んでも正しいわけです。「伊右衛門」をやって良かったし、やらなくても良かったかもしれない。どちらも一緒です。成功するまでやればいい。