介護職員にグーパンチする高齢入所者

こうしたひどい施設が存在することも事実ですが、大半の施設とその職員は入所者に寄り添い誠実にケアをしている。FさんもTさんも、今回の事件と報道によって、そうした人たちまで虐待の疑いがかけられ、白い目で見られるのはたまらないといいます。

こんな誤解が生まれるのは介護施設での要介護者と職員の関係性が今ひとつ、世間に理解されていないからかもしれません。

おそらく多くの人は、老人施設の入所者は老い衰え庇護を必要とする弱々しい存在、一方、職員は若くて元気があり、介護の技術も持っている存在。ということで両者の主導権は職員側にあり、入所者はそれに従わざるを得ないという構図を思い描くと思います。虐待にしても、それをするのは職員で、受けるのは老人という風景が浮かびます。

しかしFさんは「必ずしも、そうした関係とは限らない」といいます。

「認知症で施設に入所されている方には、体には何の問題もなく、とても元気な方がおられます。そのなかには暴力性がある人がいて、どこでどういうスイッチが入るのかは分りませんが、突然暴れ出し、殴りかかってくることがあるんです。私も何度か殴られたことがあります」

Fさんは、そういって次のようなエピソードを話してくれました。

「暴力性を持つ方をトイレに連れていくことになって付き添っていたら、案の定何の前触れもなく殴りかかってきたことがあります。それもグーで。私も殴られたくないですから、そのパンチを避けました。いくら元気でも要介護で足元は覚束ないですから、パンチを空振りしたことで倒れそうになった。倒れたら骨折などのケガをする可能性があるので、今度は倒れないように必死で体を支えるわけです」

自分に向けられたパンチを避け、その直後、それによって失われた相手のバランスを支える、という普通では考えられない対応と身のこなしをすることが施設ではあるのです。