ところが、視察後に会議をすると、同じ答えが続く。フランスやロシアでコンビニ風の店でたばこが買われるのは、フランスやロシアの特殊事情だ、と言い張る。思わず、激しい言葉が出た。
「もう許せん。民主的にやろうと我慢してきたが、いまからは俺の言うことを聞け」
コンビニにたばこの陳列棚を提供し、JTの品をいろいろと置いてもらう販促策が始まった。いき渋っていた面々も通う。やれば、できた。鹿児島、宮崎、神奈川の3県で「タスポ」と名付けたカードの申し込みが始まり、翌年2月からは全国で受け付けし、3月に鹿児島と宮崎で稼働した。
この間、もう1つ、断ち切ったことがある。民営化時に98%近かった市場シェアは、70%を割っていた。それでも、社内で「世の中も『仕方ない』と思っていること。長期低落は続く」というのが、半ば「常識」になっていた。新年度の販売目標も、前年度よりシェアが何ポイントか落ちることを前提に、立てていた。
縮み志向を一掃するため、「シェアを反転させる」と宣言し、組織にメスを入れる。喫煙者の嗜好の変化に応じて新製品を開発するマーケティング部門と、販促を担う営業部門が、同じ事業本部にあっても連携が悪い。それを一体化するため、07年夏にマーケティング&セールス責任者を新設し、自ら就任した。営業にはコンビニとの接触に力を入れさせ、売れ筋を早くつかんでマーケティング部門に伝え、新しいたばこの開発に活かす。負担が大きいと反対が強かった棚の提供も、首脳陣を説き伏せ、全国で徹底させた。
すると、22年間も下がり続けてきたシェアが、08年にわずかながら上昇へ転じた。翌09年も続く。1%に満たない反転でも、社内の雰囲気は変わる。やはり、「やればできる」で、入社して以来一番うれしかったことだ。
「不爲也。非不能也」( 爲さざるなり。能わざるに非ざるなり)――何かが実現しないのは、やらないからで、できないのではないとの意味で、中国の古典『孟子』にある言葉。困難なことや面倒なことには、できない理由を並べて逃げる人間が少なくないが、やるとの強い心があればできるはず、と説く。変えるべきことは、意思が固ければ変えられると挑む小泉流は、この教えと重なる。