作家の清岡卓行さんは、そのころ奥さんが重いご病気で、たいへんだといわれていました。僕はランボー詩集の翻訳をお願いしていて、その本は折悪しく倒産直前に刊行される見通しでした。すると清岡さんの印税も支払いが凍結されてしまいます。どうにかしてそれを避けたいと僕は考えました。

08年、上場企業の倒産は戦後最多の31件に!
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08年、上場企業の倒産は戦後最多の31件に!

そこで一計を案じ「先生、ぜひ前借(ぜんしゃく)をしてください」と電話しました。そうすれば事実上、清岡さんに満額の印税を払えるからです。しかし清廉な清岡さんは「いや、ありがたいが僕の主義でそういうことはしないことにしていますから」とおっしゃるのです。まさか「当社は倒産しますので」とはいえません。仕方なく引き下がり、倒産後しばらくしてから、涙金になった、わずかな印税を銀座でお渡ししたことを覚えています。

ところで、倒産に際しては周囲の人の「人格が変わる」ということが最大の驚きでした。たとえば某氏は、「退職金をもらえるうちに」と考えたのか残務処理もせずにさっさと転職していきました。倒産間際になると急に「事情通」が増え、あれこれと社内をかぎまわっては不確かなニュースをまきちらすようになりました。

ただ、こういうときに慌てて動き回った人たちは、その後あまり充実した人生を送っていないと思います。こう考えてはどうでしょう。会社は潰れても人生は続くのです。倒産のような非常時にあっても、人としての信用を損なわないよう身を処していくことが大事なのです。

さて、僕自身は倒産から数カ月間残務処理を行い、新体制に移行する7月をもって退職しました。パンツ一丁で自宅に寝転がり、「何とかなるさ」と思ったことを覚えています。だから退職のタイミングを選べるなら「夏」をお勧めします。

もしそれが無理でも、無闇に怖がることはありません。新しくアスファルトを敷いた道を割って草木が芽を出しているのを見ることがありますが、生命の力というのは偉大なものです。あなたが30~40代ならまだまだ生命力に満ち溢れているはずです。あとは「やる気」だけあればいい。大丈夫、何とかなりますよ。

(面澤淳市=構成 大中 啓=撮影)