「イケイケドンドン」から急転直下、資金難に

倒産後も人生は続く。人としての信用を損なわないように<br><strong>三木 卓 作家・詩人</strong>●1935年生まれ。静岡高校、早大露文卒。『路地』で谷崎賞。芥川賞、高見順賞など受賞多数。
倒産後も人生は続く。人としての信用を損なわないように
三木 卓 作家・詩人●1935年生まれ。静岡高校、早大露文卒。『路地』で谷崎賞。芥川賞、高見順賞など受賞多数。

アメリカの金融危機を引き金として、日本でも企業倒産が相次いでいます。僕も若いころ、勤めていた出版社・河出書房新社の倒産に遭遇しました。1968年、僕は33歳でした。

倒産直前の河出はそれこそ「イケイケドンドン」で、派手に何種類もの全集本を出していました。『世界文学全集』だけでも、廉価版のグリーン版からカラー版、豪華版まで、装丁の違うシリーズをなんと3種類も刊行していたのです。

それにともなって社員数も急増し、僕が入ったころは200人ほどの会社だったのが、潰れるときは500人規模に膨らんでいました。社内の空気は妙に明るく、全集を売るために新聞に全面広告を打ったりしていました。キャラクターは歌手になる前の山本リンダさんです。

しかし倒産前年の暮れごろから資金繰りの悪化がささやかれはじめました。どこかで無理をしているな、という気配は感じていましたから、そのときは「やっぱりそうか」と思っただけでした。そもそも僕はいつか独立したいと考えていたので、その時期がいくらか早まったところでそんなに困るものではありません。

ただ、仕事には取引先がありますから、倒産となれば彼らに迷惑をかけてしまいます。頭が痛かったのは、倒産するのがわかっていながら、作家や翻訳家の先生方に何もいえないということでした。

倒産会社の債務(原稿料や印税を含む)は債権者会議を経たのち、公平に弁済されるのが原則です。倒産直前に特定の作家にだけ印税を払っていたとしたらルール違反に問われます。すると結局はそのお金を返してもらわねばならず、相手にはさらに迷惑をかけてしまうのです。