動から、一転して静へ。
ITサービス企業・伊藤忠テクノソリューションズの社長、奥田陽一さんは週末、書道に取り組む。
練習できるのは、月2~3日程度。土曜か日曜、家族も猫もまだ目覚めていない朝7時頃からの約3時間、ただ一人、筆を持つ。場所は、しんと静まり返ったダイニングテーブルである。この時間、場所が一番落ち着ける。
「書に向かい合うとき、仕事のことは考えません。でも、その日の健康状態や精神状態が字に表れます。心に乱れがあると字も乱れる。書道は仕事がうまくいっているかどうかのリトマス試験紙なんです。『今日は無理だ』と感じた日は潔く中止します」
書道を始めたのは、アメリカ駐在から戻った2000年秋。伊藤忠商事の先輩から書道部に誘われた。当時は経営戦略室長として休日返上で働き詰めだった。充実していたが、仕事と違うことをやりたいと感じていた。「チェンジ・オブ・ペースのきっかけがほしかった」。
書道部初日。毛筆に墨をつけ、真っ白い紙に字を書いた瞬間、仕事でぴりぴりしていた神経が自然にほどけていった。
以来、9年も続いている。毎月3回、40人ほど在籍する書道部での練習日では先生から「漢字」と「かな」の課題が出され、指導を受ける。
「誰とも口をきかず没頭しているせいか、疲れることがないんです。きっと心は集中していても、体はリラックスしているのでしょう」
熱心さでいえば、書道部随一。ビデオを見ながら上段者の筆運びを何度も研究した。
書道部に入って半年後、再びアメリカ勤務となったが、奥田さんは毎月の課題作品を日本へ必ず送った。帰国後は年2回の合宿にも参加。「字」のための努力は惜しまなかった。昇段試験も順調にパス(池谷's EYE【G】)し、準5段の腕前にまで急成長。昨夏、由緒ある高野山の競書大会で入賞した。