クロストレーニングで思考を鍛える

私がこの連載を執筆させていただいてから約1年半が経ちました。ちょうど今回で30回目を迎え、キリのいいところでもありますので、連載を終了させていただくことにいたしました。最終回は、私が連載でお伝えしたかったことを振り返りたいと思います。

そもそも連載を始めたきっかけは、私自身が大きな山のてっぺんに向かって登っている真っ只中にある今だからこそ、お伝えできることがあると思ってのことでした。 一度きりの人生、チャンスが転がり込んでくるのを願って待つよりも、わずかでもやってみようかという気持ちに思い悩むより、騙されたと思ってやったほうがいい。これは連載の中で私が言い続けてきたことですし、この先も言い続けると思います。

とにかくやってみるという習慣を身につけると、だんだんと判断力が研ぎ澄まされて、決断した瞬間にしかるべき行動を即、起こせるようになります。やりたいことをやった数だけ、自分が続けていきたいことが何なのか、方向性が見えてきますので、これも騙されたと思って実践していただきたいです。

もちろん、無鉄砲に何でもかんでもやればいいというわけにはいきません。やりたいと思うからには、心のどこかに「もしかしたらできるかもしれない」というささやかながらも自信があるはずです。それは、培ってきた経験があるからであり、畑違いのことでも「できるかもしれない」と思えるのです。

また、特定の競技のパフォーマンスを上げるために複数の種目をトレーニングに取り入れてバランスよく身体能力や機能を上げるのと同じで、異なる分野の物事に挑戦することは、思考力のクロストレーニングにつながります。

例えば、私のように医者が経営者になった場合もクロストレーニングが活きているのです。医師というのは合法的に職務上で人体に刃物を入れる、あるいは人を傷つけることが許されている職業です。人の体は千差万別ですから、手術をしているときに遭遇する想定外な状況にどれだけ的確に対処できるかが医者の腕でもあります。メスを入れた以上、途中で投げ出すわけにはいきません、縫い合わせるまで手術は終わりません。いわば、迷っている時間などないことが大前提というのが外科手術です。私が眼科外科医をしていた時代にこうした手術を執刀する経験をしてきたことが、今の私の意思決定と想定外の状況への対応のスピードに少なからず役立っているのではないかと思います。

何か別の新しいことや興味があることをやるにしても、クロストレーニングの概念につなげて考えると、「できる!」と思える可能性は広がります。全く関連性のない分野でも、その分野でしか学べないことが他の分野の想定しない場面で役に立つことはたくさんあります。これは経験した者にしか生み出せない相乗効果だと思います。