顧客満足は必要条件だが十分条件ではない

誰のために、何のために働くか。仕事を通じてありたい姿とは何か。

「すべてはお客さまの満足のため、という担当者がいる。そうかもしれない。しかし、お客さまが満足すればそれでいいのか?」

実は、顧客満足度が全国一という販売店が同時になんと、営業成績の面では極度に不振という店舗でもあった。顧客の満足度を最大化するのは必要条件ではあっても十分条件ではない、と稲本は考えていた。

「まずは自分のため、家族のため、自分たちのために働こう。そのためには販売店が儲からなければならない。販売店が利益を上げ、継続的な繁栄があって初めて、お客さまの満足度を上げる取り組みができるのではないか」

また、儲からずに販売会社が傷めば、最終的にはマツダ全体が傷み、製造も苦しくなり製品開発に支障が生じる。悪循環だ。つまり、マツダの資金の源泉は、マツダ車を購入する顧客にある、その顧客との接点にあるのが販売店とそのスタッフであることを改めて説いたのだった。

「お客さまの満足度の向上は、必ずしもそれ自体が目的ではなく、販売会社が繁栄するための必要条件だ。われわれに求められているのは、マツダ車の価値をいかに的確に顧客に伝え、そしてお金を頂戴して自らの繁栄へとつなげる営業力だ」

稲本はこう訴えた。

とにかく、販売を改革したい。われわれの方針や価値観に一貫性がないままでは、いつまでたっても現状は改善されない。働く人たちの士気も上げらない。稲本はこの席で、国内営業本部をはじめ販売会社とそのスタッフ全員に共通の価値観を基礎にしたマツダ独自の販売手法として「マツダ営業方式」の確立を提案した。

この名称はあまりに平凡ではないか。筆者の問いかけに稲本はこう答えた。

「当時、ある経営手法が気にかかっていたために、とっさにそれに似た名称が口から出た。出た以上、そのまま使うことにした」

おそらくこのとき、稲本は「販売に携わる者として、自分自身にはもちろん、家族そして会社の仲間や組織、要するに誰に対しても胸を張れる“生きざま”を考えろ」と言いたかったのではないか。この思いを“マツダ営業方式”で代弁させようとしたのだろう。