販売の現場の意識を逆転させる発言

これはエンジニアリングの部門でさまざまな改革作業が進行しているのに対して、販売部門は今までどのような改革をしてきたのか、というエンジニア稲本の問いかけでもあった。

『ロマンとソロバン』(宮本喜一著・プレジデント社刊)

ところが、この呼びかけに対する反応は鈍かった。全国からこの会場に集まった50人ほどの出席者は、稲本に言わせれば「皆、ポカンとして聞いていた」。とはいえ、国内営業本部のスタッフ20人ほどは、この稲本の問いかけを理解し、そして共感をおぼえたという。

稲本の言うような販売改革に向かうには、まず何から取り組むべきか。

第1に、本社の営業本部と全販売会社共通の価値観を構築する、第2に、ちょうど2008年にマツダが基本的な考え方・価値観をまとめた「Mazda Way」の実践から取り組む、それによって営業力の強化をめざすべきではないか。(ちなみにMazda Wayは誠実、基本・着実、継続的改善、挑戦、自分発、共育、ONE MAZDAの7つの考えで構成されている)

そしてこの考えのもとに、国内営業本部はある研究会を開催する。

2009年7月、広島の本社にいくつかの販売会社からその営業責任者とサービス責任者20人あまりを、1泊2日の日程で集めた。同席を希望した販売会社の社長はあくまでも傍聴者の立場であり、その意味でも小さな規模の研究会だった。これは、全販売会社の責任者全員を集めるよりも、改革をめざしてまず着実なステップを踏んでいこうという趣旨だった。

この席で稲本は言った。

「マツダ車を売る主役は販売会社だ。国内営業本部は、あくまでも販売会社のサポート役にすぎない。したがって販売会社のあるべき姿を明確にしない限り、国内営業本部のことは語れない」

主役は本社・国内営業本部だという販売の現場の意識を逆転させる発言だった。ある意味では従来、語られている組織的な考えの踏襲であり、常識的な発言でもあった。しかし、当然のことや常識的なことがわかっていてもできない、というもの、これまた従来の販売現場の常識だった。稲本はあえてこの常識に挑み、現場の意識改革を狙う。