客の声を素直に聞いてサービスを共創
だが、あるとき中畠は、1人の顧客のひと言に脳天を叩かれた思いがした。それは何日間か遅れて取りに来た人の「遅くなってすみません」という何気ない言葉だった。
「なぜ、お客さまが謝らなければならないんだ、おかしいと思いました」
「喜久屋でよかった!」を理念にしたのに、客に謝らせておいて当たり前にしているのは間違っていると中畠は気づいた。多くのクリーニング店では「なぜ、約束通りに取りに来ないのか」といらだち、中には「今度は遅れないで下さいね」と客を叱る店もあったろう。
中畠はその客の言葉を素直な気持ちで聞いたことによって大きな発見をした。
なかなか取りに来られない事情もあるのだろう。それなら、希望返却日を聞いてみようと思った。すると意外な結果が出た。
店は客のためにと大急ぎで仕上げていたのに、翌日返却を希望する客は2割しかおらず、他は翌々日が2割、中2日も2割、次の土曜日が2割、さらには「いつでもいい」も2割だったのだ。
「何だ、バラバラじゃないか。それじゃ、お客さまの希望に合わせて返すようにしよう」
その結果、土日に集中せず、平日にも返却でき、週の仕事が平準化した。
この発見に従い、工場のやり方も顧客都合に変えた。預かった衣類を返却要望日に合わせて、顧客単位の小ロットでライン上を流すようにした。
さらに、年間業務を平準化するために春に預かった秋冬物を無料で保管して半年後の秋に返し、秋に預かった春夏物を春に返すようにした。それが発展して2003年からイークローゼットサービスを開始、年間の業務も平準化するようになった。
業務効率化のために始めた保管サービスだったが、それが実は顧客のニーズを先取りしていた。当初、中畠は保管を有料にしようと思っていたが、公募した熱心な顧客を集めて、話と要望を聞いて、6カ月間無料とした。この決断が、結果的に保管サービス需要を掘り起こしたと言える。
「集まって下さったお客さまは、自分たちの利益を優先するような方々ではありませんでした。喜久屋と一緒に新しいサービスを作りたいという考えから、無料サービスが必要だとアドバイスされたのです。私はこれからのサービスはお客さまとの“共創”だと思うのです」
喜久屋はある縁で、2013年にタイに進出し、フランチャイズも含めてすでに15店舗まで増えている。日本と同じ無料保管サービス付きのクリーニングを展開している。現在は滞在中の日本人の利用が多いが、ゆくゆくはタイ人が中心となる。顧客の声を素直に聞いてサービスを共創するならば、タイ人どころか、世界どこに行っても支持されるだろう。
(文中敬称略)
●代表者:中畠信一
●創業:1956年
●業種:クリーニング一般加工および衣類の保管、リフォーム
●従業員:200名
●年商:12億円(2014年度)
●本社:東京都足立区
●ホームページ:http://www.kikuya-cl.co.jp/