一人ひとりに話しかけてその場で信頼感を形成

最近、スピーチと言えばIOC総会におけるオリンピック招致が話題になりました。なかでも高円宮妃久子さまのスピーチは格調高く、伝統的かつ正統なスピーチの極みと言えるものでした。ある意味、動的でハイテク技術を駆使したTEDのスタイルとは対極的ですが、ここにも私たちの参考になるところがたくさんあります。

話し方と話の中身から久子さまのスピーチを見ていきましょう。話し方の最大の特徴はIOC評価委員一人ひとりに直接、語りかけるように話しておられた点です。聴衆全体を一まとめにとらえた話し方ではありません。

具体的な技術としては的確な「間合い」を取って聴衆が情景を思い描きながら話を聴けるようにし、大切な言葉を「強調」することで伝えたい思いを明確にし、聴衆へ「視線(アイコンタクト)」を送ることで「私はあなたに対して話している」というメッセージを伝えておられました。

久子さまはその目の動きからテレビカメラを注視するのではなく、ジャック・ロゲ会長をはじめとする委員一人ひとりを強く意識しておられることが感じられました。

様々な制約があるなか、久子さまの一人ひとりに語りかけるようなスピーチは、聴き手との間に強い信頼感を形成した。

話の中身については、皇族である久子さまにはオリンピック招致を直接的に訴えることができないという制約がありました。そんな状況の中で何をどう伝えるか、久子さまは主に3つのことを伝えられました。1つ目は、IOCの特別震災支援プログラムに対する感謝と称賛。2つ目は、皇室のスポーツへの理解と支援。3つ目は、IOCメンバーとの絆。一言一句に至るまで考え抜かれたスピーチでした。

このように話し方と話の中身の両面から、久子さまは聴衆との間にラポール(心と心の架け橋)を築くことに成功されたのだと思います。

とくに久子さまのスピーチから私たちが参考にすべきは、聴衆を集団としてとらえず、一人ひとりの個人に語りかけるように話すことです。現実問題として何百人もいると個々にアイコンタクトを送るのは不可能ですが、なんとなく大勢に向けて話しているときと「あなたに伝えたい」という思いで話をしているときでは、伝わり方が大きく異なるからです。