仕事が手術前の3倍に増えた

現在73歳。しかし、一連の手術の前とは比較にならないほど元気だ。ジムに週3回通い、睡眠は最低6時間。食事に気を使い、酒やタバコをやめるなど生活のスタイルが大きく変わった。がんのおかげで仕事も約3倍に増え、テレビやラジオへの出演、講演やシンポジウムなどで全国を飛び回っている。

今や他の臓器、肺と肝臓へ転移した進行大腸がんの患者でも、それなりの現代医療を受ければ「がん=死」というイメージを払拭できる時代になった。確かに肝転移、肺転移が認められても、手術できちんと切除できれば治癒する可能性が高い、という大腸がんの特殊性もある。しかし、がんをめぐる状況が大きく様変わりしたことを、多くの方に知ってもらえれば幸いだ。

今振り返ると、いつも一方にがん患者の鳥越がいて、もう一方に取材者の鳥越がいた。前者は治療を施されるだけの受け身の存在である。しかし後者の、治療の経過をじっと観察し、メモを取る鳥越の存在が、幾多の辛苦を乗りこえられた要因の1つだろう。

がんになってよかった、と思えることも少なくない。以前も漠然と考えてはいたものの、手術後は人生の残り時間をしっかりと考えられるようになった。心境の変化から思わぬものももたらされた。たとえば桜の花や紅葉を見ても、これまでは「ああ咲いてる」と思う程度だった。しかし、手術後はあらゆる事柄に対する感じ方がより深くなった。桜の花びら1つとっても、1枚1枚の色がリアリティを持って心にしみ通ってくる。これはある程度時間が経った今も変わっていない。

この世の中で出合うことすべて、一見ネガティブに見える側面に、実はポジティブな側面がしっかりと貼り付いている。昔から「鳥越は転んでもタダでは起きない」と評されてきたが、そうした気持ちががんと対峙し闘う原動力となってきたのかもしれない。