機械を止めるのは悪いことか
初めのうちは現場仕事を任されていましたが、そのうち工場の生産計画を担当するようになりました。毎日、翌日の生産計画を組み、予定表を現場に渡します。毎日のことなので、1日も休めないという点ではきつい仕事です。機械の能力や生地の厚さ、染料の量や温度、品種ごとに異なる工程を考慮しながら、当時は計算機を片手に予定を組んでいきました。
計画を立てても、計画どおりに生産できないことが多々あります。計画に達しないときは、その原因を現場で徹底的に調査しました。染料の温度や量にバラツキはなかったのか、生地の厚さは均一だったのか。問題を明らかにするために、時には機械を止めて調べなければなりません。ところが、工場長をはじめ誰も機械を止めたがらないのです。機械を止めれば生産量が落ちる。「機械を止めてはいけない」というのが最優先事項でした。
機械を止めることは悪いことではありません。大事なことは、問題を顕在化し、問題解決に向けた対策を取ることです。むしろ、機械を止めずに生産し続ければ、問題の所在が明らかにならず、いつまで経っても計画を達成することはできません。――このように説得を試みても、長年受け継がれてきたやり方や習慣、企業文化や体質を変えるには大きな抵抗が伴いました。しばらくは反面教師との戦いが続きました。
現場から管理者や経営者を見る、あるいは現場で仕事する人たちの思いに触れる。こうした現場経験が、社長就任直後に打ち出した5ゲン主義の発想を生み出したことは間違いありません。また、5ゲン主義を実践するために、理想と現状のギャップを埋めることで理想の状態に近づけていく「整流」という活動を仕組み化しました。これも工場勤務時代に自分自身が生産計画を立て、徹底した問題追及と解決を繰り返して計画達成を目指した実体験がもとになっています。
私にとっては現場経験がすべて。そのお陰と言えるかどうかわかりませんが、文系で入社した私は、5年半の工場勤務を経てすっかり技術系に変わりました。