手や足をつかんではいけない
その後、ジネスト組は「あなたに会いに来た」と言って、患者の体に触れながら言葉を交わします。介護という「作業」をしに来たのではなく、コミュニケーションをとる姿勢を見せるのです。この体に触れるという行為もとても大事です。
患者は動くのに時間がかかることがあります。その際、介護者は作業効率を上げるために、つい患者の手や足をつかんでしまいがちですが、つかむのではなく手のひら全体で包み込むように触れるわけです。グイとつかまれると患者は襲われているような感覚になりますが、やさしく触れられると心が和らぎ、介護者と信頼関係を築くことができるといいます。
そうやって、ケアに入る。患者の体を拘束しているものを外してです。その際は常に何かを語りかけます。ケアするときは「右手をあげますよ」などと実況中継をするといいそうです。無言のまま作業をすると、患者は自分の存在を無視されている気持ちになるというのです。
そしてジネスト氏はおじいさんを立ちあがらせました。「自立」という言葉がありますが、人間にとって「立つ」ということはとても大事な意味を持つことなのです。
そして立った後は体を支えながらゆっくりと歩いてもらいました。寝たきり状態だったおじいさんが、力を振り絞って歩くのです。その後に行ったのが、口腔のケア。「お口をお掃除しますね」とインストラクターが言うと、おじいさんは素直に口を開け、気持ちよさそうにケアを受けました。
▼在宅介護する家族も習得すべき
なんという違いでしょう。
相手は高齢の認知症患者ですから「やらせ」が入り込む余地はありません。ただ、取材したテレビ番組側が成功例だけを取り上げている可能性もあります。しかし、映像を見た印象ではそうとは思えないリアリティがありました。ナレーションでは8割から9割の認知症患者がユマニチュードのケアの効果を示すと語っていましたが、それを納得させてくれる映像でした。
この映像の中でジネスト氏はこう語っています。
「人は他の人から人間と認識してもらえないと生きていけません」
脳の機能が衰え、一見訳の分からない行動をするようになってしまった認知症患者であっても、その行動には理由があると考え、人間としてリスペクトしたうえで接することで相手を受け入れる。それがユマニチュードの技法の基本にあることが理解できました。
ユマニチュードは介護施設の職員や看護師などのケアの専門家が学ぶ技術ではありますが、認知症の方を介護する家族もその断片ぐらいは頭に入れておいた方がいいと思いました。
父の介護を振り返ると、私はユマニチュードの技法に反することばかりをしていました。ベッドに横たわる父を上から見下ろしていましたし、体に触れるのではなく、つかむこともよくありました。
父と息子という関係のせいか、会話もあまりしませんでした。そうした積み重ねが父を不快にさせ殻の中に閉じこもらせたのかもしれません。それで訳のわからない行動をし始める。それに対してこちらはイライラを募らせる。悪循環です。
在宅介護でよくあるといわれる虐待も、この悪循環が招くものでしょう。ユマニチュードの技法が広く知られるようになれば、こうした辛い状況を減らすことになるのではないでしょうか。