経営者に必要な正統性の物差し
思い出すのは、国鉄民営化のために力を尽くしていた頃のことだ。政府と国鉄は経営崩壊後も、公社制度の維持や漸進的改革の案にしがみついていた。政府はときに分割民営化案を駆け引きとしてちらつかせ、経営陣への責任転嫁を行おうとしていた。私たちはそれを逆手にとって、政府・国鉄の再建計画案を否定し、分割民営化を自分たちから本気で提起した。すると世論の支持が私たちに集まり、攻守が逆転する。それは、いま思えば自己否定の中に活路を求めるタレイランの手法がヒントになっている。
権力を持ち始め、何かを決定する立場になるにつれて、人はその判断について大きな責任を持たなければならなくなる。そのときに自分の「出世」や「立場」をいかに保つかと考えるのではなく、自らにとっての合理性と正統性の物差しをはっきりと持つこと。この一点が常に動かなければ、たとえ多くの人たちに反対されても判断が揺らがずにすむ。
私にとって、それは国鉄経営の将来にとって何が必要かを考えることであり、さらには国民の利益にとっての正統性を見据えることだった。
(10年8月30日号 当時・会長 構成=稲泉 連)
小宮一慶氏が分析・解説
経済は人を幸せにする道具であって、目的ではない。だから、人が幸せになるということはどのようなことか、経営者は深い人間観を持ちあわせていないと、事業を長期に成功させていくことは難しい。
かつて松下幸之助氏は、リーダーに必要不可欠なことの一つとして「人間観」を挙げた。お客さまも人間、そして部下も人間である。人間に対する洞察力があるからこそ、お客さまが望んでいることや、部下がやりたいこともはじめて理解できる。葛西氏も常日頃から人間観を養い、「最後は信義と誠実がなければならない」といった「ぶれない軸・価値観」を持っている。
そして、そうした価値観を大切にしながら成功体験を積み重ねるなかで生まれてくるものが「信念」と「エネルギー」だ。「自分たちの事業を通じて広く社会に貢献したい」「一緒に働いている仲間を幸せにしたい」といった信念を持っている点も、成功した経営者に共通している。
1957年、大阪府生まれ。京都大学卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現職。『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』など著書多数。