「花のように笑って芝居をするんだ」
前述のようにチャン監督は素人の出演者を上手に使う。
「地方に暮らす人々を描くためには、そこに実際に住む人の心情が映し出されていなくてはいけない」
それがチャン監督の考え方で、同映画に出てくる観光ガイド役のチュー・リンは実際にその仕事をやっている。
高倉健はチュー・リンを可愛がっていた。そして、こんな感想を言っていた。
「チュー・リンにとっては初めての映画出演だから、NGが多かった。だんだん暗い顔になり、そして、またミスも増える。
そんな時でした。
『昼ご飯です』と声がかかった。すると、チュー・リンがほっとして、にこっと笑った。
様子を見ていたチャン監督がチュー・リンに言ったのです。
『そうだ。その笑顔だ。チュー・リン、自然に笑いながらセリフを言え。花のように笑え。花のように笑って芝居をするんだ』
チャン監督はウィットに富んでる人です。
『花のように笑え』……。
素人を導いていく時には言葉が重要なんです。まさにあの瞬間、言葉の力を感じました」
わたしが聞いた限り、チュー・リンは高倉健を神とあがめて、どこへ行く時も彼を先導していた。
しかし、わたしをガイドするときにはまったく普通の人で、あまり先導してくれなかった。敏腕ガイドという印象はない。だが、同作には人の良さそうなチュー・リンの笑顔がたくさん映っている。(文中敬称略)