残業を減らすには企業の努力が不可欠
語り手:鶴光太郎 慶應義塾大学大学院商学研究科教授
長時間労働が批判されつつも長年にわたって維持されてきたのは、企業や個人にとってメリットもあったからだと考えられます。
長時間労働は、自発的な要因と非自発的な要因に分けられます。前者には「仕事中毒」や残業代を稼ごうとする「金銭的インセンティブ」、長時間労働で所属組織への忠誠心を示す「出世願望」が挙げられます。資格取得に多大なコストのかかる医師や弁護士がリターンを得ようとする「人的資本回収」や、プロ意識から長時間労働をいとわず働く「プロフェッショナリズム」もこれに入ります。
後者には、労働市場で使用者側の交渉力が強くなる「市場の失敗」や「職務の不明確さと企業内コーディネーションによる負担」があります。不況期の人員調整を避けるため、平時でも長時間労働を常態化させる「雇用調整のバッファー確保」や、上司が退社しないから部下も帰れない「自発的長時間労働者からの負の外部効果」も非自発的要因にあたります。
では、どうすれば長時間労働をなくせるでしょうか。以上のように長時間労働は一概に悪とは決めつけられませんが、労働者の健康確保を目的とした規制を政府の役割として実施すべきです。自律的に労働時間を管理できる労働者は限られているからです。
そのうえで、基本的に労使のコミュニケーションで解決を図っていくべきでしょう。規制が強すぎると労働者の自律的な選択を損ねかねませんし、長時間労働の要因の多くは企業ごとの解決がカギを握っているからです。
日本の組織は社員が上下左右で密接なコミュニケーションをとり、すり合わせていくことで強みを発揮してきました。しかし、結果としてそれによって労働時間が増えてしまったのです。「すり合わせ型」の働き方が行き詰まったいま、職務の明確化や、過度のコミュニケーションを必要としないよう、うまく業務を切り分けて組み合わせる「モジュール型」の働き方への転換が必要になると思います。