第三が、賃金についての考え方である。人材確保の最後の手段は、やはり賃金である。人は賃金の高い仕事を求めて移動(異動)する。そして、その結果、高い賃金を払った企業はよりよい人材を確保できる。
だが、残念なことに、現在起こっている人手不足は、それが賃金の上昇を(今のところ)伴っていないということである。厚生労働省の調査によると、一般労働者の所定内給与は、今年の3月に入っても、前年比でほぼ変化がないことが示されている。
確かに今年の春の賃金交渉では、多くの大企業で、賃上げ回答がみられた。連合の発表によると、今年の春闘で、ベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた全体の賃上げ額は、平均で6500円弱だったとの結果である。でも、これはあまりにもしばらくぶりのことであり、来年もあるかは全くわからないレアイベントと認識されている。人材確保のために、賃金を積極的に高くする企業はいまだ少ないと言わねばならない。
ほかにも人材面に限らず、経営全般が短期的、効率志向になってきており、人材育成や人材確保という機能がもつ志向性と齟齬をきたしてきたということもあろう。いずれにしても、過去25年ほど、多くの企業は、人材を効率的に使う施策という意味では様々な施策を実施してきたのに対して、人材を育て、確保し、彼ら・彼女らの貢献に報いるための手立てにはあまり関心を払ってこなかったのである。そのため、人は育っておらず、また育ってはいてもモチベーションが上がらず、さらに新たな人材を外部から確保するための方法論をもち合わせていないのである。高度成長期にJapan As No.1と言われ、世界から高い評価を受け、多くの企業の競争力の源泉となってきた、日本型経営の根幹である「人材重視の経営」が、過去25~30年間に少しずつ後退してきたとも言えよう。
もちろん、それまでの日本の人事管理が雇用をあまりにも大切にしてきたことの弊害も指摘されており、そのことが企業経営を圧迫し、働く人を幸せにしなかった面もある。だが、やり方を変えないといけないとはいえ、働く人を尊重し、成長し、活躍する人には報いていく姿勢は重要なはずである。過去25年間は、あまりにも振り子が大きく反対の方向へ振れすぎたのかもしれない。私にはこの変化のもたらす影響が表面化したという点も、今回の人材不足の背景のひとつにあるのではないかという気がしてならないのである。