1カ月で英語をマスター

感情のこもった演技から英語を学ぶことでリアルな英語が身につく。渡辺謙のほか、オダギリジョー、菊地凛子なども指導。(時事通信フォト=写真)

「初演は米国。オーディションをして、いい役者がそろいましたが、ほとんどの人は英語ができませんでした」――そう語るのは、UPS社長・奈良橋陽子氏。米映画『ラストサムライ』(2003年公開)を皮切りに国を越えた俳優のキャスティングや語学指導を行っている。冒頭は国内外で数々の賞に輝いた戯曲『THE WINDS OF GOD』(初演1988年)でのエピソードだ。

「でも集中して訓練したおかげで、1カ月で(英語での上演が)できるようになりました。最初、“ガッツ”“パッション”くらいしか喋れなかった原作・主演の今井雅之さんも、その後は海外で活躍されています」

ただの英会話ではなく英語劇である。記憶の覚束ない単語の棒読みなど許されないはず。それが1カ月で? ――しかし奈良橋氏によれば、むしろ演劇というものの特性が語学の習得に役立つという。自ら40年前に米国から導入した「ドラマ・メソッド」なる手法である。

「日本の英語教育は暗記力に頼る『科学』。単語や表現・文体を知っていても、それを一人のコミュニケーターとして使っていないと意味がない。言語は人間が話すものです。話す本人の心とか魂とつながったやり方で習うべきで、くっつけたりしても役に立たないのでは」

そのために使う場が、役になり切った者どうしでやり取りする演劇なのだ。

「実は、ドラマじたいが一つのコミュニケーション。俳優がほかの俳優に投げたことを、耳でなく心で聴いて反応していくというキャッチボールです。このとき、人の本当のことを聴く、言葉だけでなく“全体”を聴くんです」

全体とは、その場にいる人物たちの心の内や表情、身振り手振りも含んだ関係の総体だ。セリフは初めからそこに溶け込んだ一部である。頭で覚えて、後から場面や感情に言葉を“くっつける”のではない。言語を身につけるうえで、この順序の違いは大きい。場面は好きに設定できるから、拡大・応用も利く。

「『ラストサムライ』に出演した渡辺謙さんは、私が相手役となって1日数時間、付きっきりで各シーンを何回も繰り返しました。私が言ったことを聴き、理解し、反応する。ほかにも様々な手法を使いましたが、主役級で目的意識が強いこともあって、習得は早かった。『冗談を早く英語で言いたい』と言っていた謙さんも、本格的に始めて7~8カ月でそれを達成しました」

そのほかに、演劇と無縁なビジネスマンにも使える「心や魂とつながった」レッスン法は、自己紹介だと奈良橋氏は言う。

「昔、ビジネスセミナーの出席者全員に、英語で行った1分間の自己紹介を録画してもらったんですが、自分が好きなことや趣味、本当に伝えたいことを話しているときはやはり生き生きしてます。その人の色やカリスマ性が出てきて、見ているほうも『おお!』と思うんです」

自己紹介を起点に、語彙力も含めたコミュニケーションのレパートリーをどんどん拡大していくわけだ。言語は「心の声」。奈良橋氏の表現とぴったり重なる学習法である。

奈良橋陽子(ならはし・ようこ)
キャスティングディレクター・作詞家・演出家・映画監督
キャスティングディレクターとしてハリウッド映画に参加するほか、国際的に活躍できる人間を育てるための英会話教室、俳優育成所を設立。
(構成=西川修一 写真=時事通信フォト)
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