久保田五十一(野球バット作りの名人)
いつも名人は謙虚である。先の日本スポーツプレス協会(AJPS)の懇親会。「AJPS・AWARD」の表彰を受けたバット職人の久保田五十一さんはビールのコップに少し口をつけ、穏やかな笑顔を浮かべた。
「ありがたいですね。メディアの方から賞をいただくなんて、思いもよらなかった。僕が、バット作りを始めた頃はあまり日の当たる仕事じゃなかったものですから」
バット作り一筋55年。落合博満、イチロー、松井秀喜……。真心を込めて、プロ野球界を代表する大打者たちのバットを作り続けてきた。このたび、「引退」。71歳は、感慨深そうに半生を振り返る。
「バット作りが生活の一部となっていた55年間でした。最初はね、いつ(バット作りを)辞めようとかと思って仕事をやっていました。生まれ変わったら、もうやりたくないですね」
バット作りは当然、仕事である。一人前の職人になるまではつらかった。ただ「名人」と呼ばれるようになれば、バット作りも楽しくなったのではないか。
「いえいえ。楽しんでいたらプロはやっていけないと思います。一人前にいつなったのか、自分ではわかりません。自分ではそういう意識を持っちゃいけないと思いますよ」
継続は力なりという。毎朝、5時過ぎには目を覚まし、腹筋、背筋を各200回続け、自宅そばの険しい山道を歩く。鳥のさえずりに耳を澄まし、樹木のにおいをかぎ、自然に感謝するのである。
何事も、ものづくりの基本は「丁寧さ」にある。真面目さがないと、いいものは作られない。久保田さんは「規律」が必要だと言うのだった。
「いい職人は仕事がきれいです。きちっと整理整頓ができています。まずね、靴をそろえて脱げない人には無理です。人の家に上がったら、自分の靴をきっちり置いて、ついでに周りの靴を自然にそろえられなくちゃ。それが基本だと思います」
いいバット、いや、いい商品ってなんだろう。若手の職人に伝えたいことは? と聞けば、名人は「大事なことは、やっぱり心ですね」と漏らした。
「自分の誠意みたいなものが商品に出てくる気がします。バットだけじゃない、陶器でも何でも。心がこもったものは相手に伝わるのです。時代に関係なく、仕事に心を込めることは変わりません」
バット作りを終え、最近は蕎麦打ちに励んでいる。実は最近、蕎麦打ちのメン棒も自分で作っている。バット作りの名人はまた、人生の達人でもある。