「父」は強さで子を支配するが、「母」は愛情で子を支配する
物騒なタイトルである。でも、読めばわかる。娘は、若いうちに己の母を殺さねばならない(無論、象徴的な意味で)のだ。それが娘の自立と幸せにつながるのだ。
息子による「父殺し」については、精神分析や文学世界で「常識」である。男は自分の父を象徴的に殺し、超えることで一人前になる、と。
娘による「母殺し」は父殺しと何が違うのか? 連想するのが、2018年、31歳の看護師の女性が、実の母を殺害し、バラバラに刻んで遺棄した事件だ。著者は、同事件を追った『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩)を取り上げる。
幼少期から優秀だった彼女は、母親から国立大学医学部への進学を嘱望されるが、9浪して医者の道を諦め、看護師になる。しかし母は意に沿わぬ娘を許さず、罵り、虐待し続けた。そして、娘は母を切り刻んだ。
娘を縛りつけた母の「呪縛」の正体は何か。著者は見抜く。「愛」だ。「『父』は強さで子を支配するが、『母』は愛情で子を支配する」。強さは、相手より強くなれば打破できる。父殺しはそれだ。一方、愛情という呪縛から逃れるのは難しい。母が「弱い」から娘が囚われる、ということも。
背景には、21世紀の今に至るまでの日本のジェンダーギャップがある、という。立場が弱い母。だから娘が母をケアする構図。母が死ぬまで、あるいは死んだ後も、その呪縛は続く。だからこそ、数多くの女性作家が、漫画家が、「母殺し」の必要性と困難とを描き続けてきた。
少年愛を題材とした女性漫画家たちの著名作品には、「母殺し」のメッセージが込められている。この考察には目を見開かされた。萩尾望都『ポーの一族』、山岸凉子『日出処の天子』。主人公の男は同性へ愛を向けるが、裏にあるのは母という女性への嫌悪だ。
自ら母になることで、母殺しを実践する道を模索するのは、吉本ばなな『吹上奇譚』シリーズや角田光代『銀の夜』。ただし一歩間違えると、今度は自分の娘への呪縛の再生産になりうる。『銀の夜』の女性主人公は「同性の娘に、自分の実現できなかった夢やコンプレックスを投影」し、「規範を強いる」。「お受験」の現場で、母娘間で頻繁に見られる光景だ。その最悪のケースが冒頭で触れた「本当の母殺し」である。
少子化時代、母と娘の関係は強固になる一方だ。逃げ道はあるのか。ある。いくつかの作品が教えてくれる。よしながふみ『愛すべき娘たち』、アニメ『私ときどきレッサーパンダ』。漫画とアニメの主人公は、理想的な「母殺し」を見せてくれる。
現代社会の「病」の正体を、膨大な作品紹介で明かす。前著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で摑んだ手法は、さらに洗練を遂げた。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
- 広告最小化で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます



