これからもATMとして生きてください

【CASE1】「あなたはお金だけ入れてくれればいい」
結婚30年目、夫が旅行を誘わなくなった理由

「これからは二人で、少し旅行でもしようか」

結婚30年目を迎えたA(59歳)が、専業主婦の妻のB(55歳)にそう提案したのは、2人の子どもが独立して間もない頃だった。Aは口数が少なく、感情を表に出すのが得意ではない。仕事では責任ある立場を任され、帰宅はいつも遅かった。

子どもが小さい頃も、運動会に行けなかったことがある。家事や育児を妻に任せきりだったという自覚もあった。だからこそ、子育てが一段落した今、これからは夫婦二人の時間を大切にしたいと思ったのだ。

ところが、Bから返ってきたのは、予想もしなかった言葉だった。

「今さら二人で旅行して、何が楽しいの?」

Aが黙っていると、妻はさらに続けた。

「あなたはお金だけ入れてくれればいいの」

Aは「そうか」とだけ答えた。

怒鳴ることも、言い返すこともなかった。

ところが、その夜から、妻に老後の話をすることはなくなった、という。休日にどこへ行きたいかも聞かない。定年後に何をしたいかも話さない。

Bにしてみれば、いつも夫に小出しにしている愚痴の延長のつもりだった。だが、彼女が本当に伝えたかったのは、「今まで私がどれだけ一人で苦労してきたと思っているの?」という思いだったのかもしれない。

しかし、Aが受け取ったのは別のメッセージだった。「妻に必要なのは、私ではなく、私の収入だったのか」と。妻の側に言い分があったとしても、「お金だけ稼げ」は明らかに一線を越えたもので、Aの心が折れてもおかしくないかもしれない。

ATMの操作をする女性
写真=iStock.com/Pekic
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何が夫の心にとどめを刺したのか

夫は「生活のために必死で働いた」
妻は「家事も子育ても一人で頑張った」

ここで見逃してはいけないのは、夫婦のどちらにも、長年の苦労があったということだ。夫は家族を経済的に支えるために働いた。一方、妻は夫の不在を埋めるように、家事や子育てを担ってきた。つまり、二人とも「家族のために頑張った」と思っている。だが、互いの苦労を十分に認め合ってこなかったのは事実。

たとえば、夫が妻に対してしばしば口にする「俺が稼いだ金だ」「誰のおかげで生活できると思っているんだ」という言葉は、経済力を盾に相手を従わせようとするものだ。

一方、妻の「お金だけ入れてくれればいい」は、相手の役割を収入だけに限定し、人としての存在を遠ざける言葉である。

これは、どちらも相手の尊厳を傷つけるものだが、とくに妻から夫への「あなたにはお金しか価値がない」と受け取られる言葉は、夫がこれから一緒に生きていこうとする気持ちまで奪いかねない。

妻が伝えるべきなのは、「お金だけでいい」ではなく、「私は今まで寂しかった」「私の苦労も分かってほしかった」という本音だったのではないだろうか。