日本帰国後、家具よりも先に“88鍵盤”を買った

父は大学の楽団でヴァイオリンを担当していて、母は琴の師範という音楽一家に育ちました。ピアノは小学生で習い始めましたが、外で駆け回って遊ぶほうが楽しくて、レッスンは嫌々やっていました。

ところが中学に入ってビートルズやクイーンやKISSなど、それまで聴いたことのなかった音楽に出合って衝撃を受けました。仲間とバンドを組み、本当は最前列で目立つギターをやりたかったのですが、なまじピアノが弾けるのでキーボードをやれと言われたのです。リーダーに「おまえはポール・マッカートニーや」とのせられて。

こちらも「ポールならベースもやらなきゃだめだろう」と交渉してキーボード兼ベースにおさまりました。フェンダージャパンはまだなくて、母に頼み込んで買ってもらったのがヤマハの「BB」。後にカシオペアの櫻井哲夫さんも愛用した名器です。

高校ではさらにバンド活動に傾倒し、レッド・ツェッペリンを徹底的にコピーしました。奇しくもジョン・ポール・ジョーンズもベース兼キーボードですね。大学に入るとオリジナル曲も手がけ、ジャコ・パストリアスばりにベースをフレットレスに改造し、スラップ奏法に夢中になりました。

松下電工に就職すると会社の軽音楽部に所属し、機会があればライブをやっていました。役職が上がるにつれて忙しくなり、バンド活動は20年前に卒業しましたが、ピアノは今でも弾いています。中国赴任を終えて帰国し、家具より先に買ったのは88鍵盤の電子ピアノでした。

ピアノを弾くのはいつも朝。5時半頃に目が覚めるとシャワーを浴びて、さっぱりした気分でピアノの前に座ります。鍵盤を一つ叩くと「ポーン」と澄んだ音が響いて、気持ちがスーッと落ち着きます。

気分の赴くままに弾いていると、1時間くらい経っていることも珍しくありません。日々頭の中を占めている雑多な考えから解放され、無心になれるひとときです。気持ちが整理できたところで身支度を整え、会社に向かいます。朝食は摂りません。

今日は特別にスタジオに立ち寄り、坂本龍一(の曲)を弾きました。本物のグランドピアノは音色と響きが違います。取材が終わったら、もう2〜3曲弾きましょうか。

坂本龍一に学ぶコピーをオリジナルにする方法

音楽には仕事に通じるところがあります。どんな楽曲も過去の誰かの楽曲から、着想を得て生まれています。何も聴いたことのない人が、ゼロから新曲を生み出すことはないでしょう。坂本龍一さんの楽曲もドビュッシーの影響を受けていると思います。

我々が手がける家電製品も同じです。既存の製品やサービスを学び、お客様が何を好み、何に不満を持たれているかを研究し、独自の発想を加えて新製品をつくり出す。アレンジが未熟だと単なるコピーに終わりますが、とことん極めれば新境地を開拓して、オリジナルと認められるのです。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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