ただ、夢を描くだけでは何も実現しません。理想を形にする際には、現実にいくつもの困難が待ち構えています。そこで求められるのは、志を貫く強さではないでしょうか。
実際、アークヒルズや六本木ヒルズの開発プロジェクトでは、実にさまざまな困難が立ちふさがりました。再開発には地権者の理解を得る必要がありますが、それぞれの人の事情を一つの方向に揃えていこうとすれば、当然、摩擦が起こります。これはあたりまえのことで、粘り強く再開発のメリットを説くしかありません。
新しい街づくりのためには法律を変えないと良くならない部分がたくさんあるのですが、そのために動くと、「利権が欲しいのか」「森は政商じゃないか」と叩きにかかる。それに煽られて住民や行政もそっぽを向いてしまい、また一から積み上げる必要に迫られる……。
正直なところ、「ここで私がやめたといえば、すべて終わりにできるのか」と考えた瞬間もありました。しかし、そのたびに、都市の再生なしに日本の発展もないと信じて踏ん張ってきた。長期にわたるプロジェクトを何とか形にできたのも、街づくりに対しての志を捨てなかったからです。
(10年8月30日号 当時・社長 構成=村上 敬)
楠木 建教授が分析・解説
私が知る森氏は「森ビルの発展なしに日本の都市の発展はない」というぐらいに自分アウトの塊のような人物である。ある意味、強烈な「私利」なのだが、そこに「大義」や「普遍的な価値」が含まれている。
10年近く前、森タワー49階にある森氏の部屋でお会いしたことがある。
「私は一級建築士を超えた特級建築士です」とおっしゃっていたが、窓の外の景色をうっとり眺める姿はまさにビルオタクの陶酔だった。そのプロダクトアウトの象徴が六本木ヒルズであり、「街をつくっている」という自負が森氏のやり抜く力になっているのだと思う。ちなみに特級建築士の条件は「運がいいこと」だとか。
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。