福井威夫●1944年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部応用化学科卒業。2003~09年に社長を務め、現在は相談役。本田宗一郎を知る最後の世代といえる。

創業者・本田宗一郎の時代から、「現場・現物・現実」の3現主義に徹してきたホンダでは、現場で仕事を通して学ぶことが求められます。私も早稲田大学理工学部から1969年に入社し、CVCCエンジン開発プロジェクトの一端を担って、その洗礼を受けました。

CVCCは当時、世界一厳しいとされた米マスキー法の排ガス規制を最初にクリアした画期的な低公害エンジンです。社長職にあった本田さんは毎日のように現場にやってきては問題点を見つけ、われわれに宿題を出していきました。「こんなの可能なのか」と思えるような難題です。次の日もやってきて解決できていないと、「まだやっているのか、バカ野郎」と怒鳴られる。毎日が必死でした。

現場で仕事に取り組むと壁にぶつかり、突破しようと貪欲に勉強する。重要なのはこの貪欲さが生まれる環境で、その極致が“修羅場体験”です。

想像を超える困難な状況の中で、自分で何とかしないとダイレクトに結果に表れる。誰も教えてくれない。失敗はしたくないが、失敗を恐れていたら何もできない。必要な情報や知識をどんどん吸収し、あらゆる力を一点に集中して突破する。そして、見事成功したときは達成感に浸る。こうした修羅場体験を経て、ひと皮も、ふた皮もむけて力をつける。

機体(ホンダジェット)のデザインは主翼の上にエンジンを置く。本社サイドで開発打ち切りも検討される中、担当者は業界の常識を打ち破る方式を考え出します。

エンジンを胴体の両脇に固定する通常の小型ジェット機と異なり、胴体内の支持構造が不要なため、室内空間が3割も増大する。ホンダがつくる以上、燃費向上が必須であり、それには小型化と広い室内を両立させなければならない。その難題を解決するため、生まれたのが常識破りの独創的なエンジン配置でした。

その方式は以前、海外の航空機メーカーが試したことがあり、空気抵抗が大きく、業界では本来、「失敗例」として学ぶものでした。しかし、本当に根本的な失敗で先へ進めないのか。担当者は諦めずに実験を繰り返し、エンジンを主翼の上のある一点に置くと逆に空気抵抗が格段に減少する“スイートスポット”をついに見つけ出したのです。

困難な課題、打ち切りを検討する本社、冷ややかな同業者の目線。担当者にとってまさに修羅場の連続だったでしょう。だから、迷路の行き止まりに見えても徹底的に解析し、突破口を探り当てた。

ホンダはものごとの本質を本当に真面目に議論する会社です。それがときに世の中の常識と必ずしも一致しなくても、常識にまどわされず、本質論はどこにあるのかを突き詰める。ホンダジェットも小型ビジネスジェット機の目指す本質はどこにあるのか、しっかり見すえたからこそ、担当者たちは業界の常識を打ち破り、修羅場を乗り越えたのでしょう。

(08年8月4日号 当時・社長 構成=勝見 明)