芥川龍之介の『葱』
わたしが今東光と、本郷の町を散歩していたときに――八百屋の店先に、葱が売っていたの。二銭と書いてあった。あんまり安いんで、わたしが思わず、買ってしまったの。
それで今東光はすっかり興ざめだったってその話を、芥川さんにしたらしいのよ。それをもとに芥川さんが『葱』という短篇を書いた……。
手紙のやりとりがあったとしたら、それもその頃のことでしょうか。
でも、芥川さんは、一体どうして自殺したんでしょう。わたしはその報らせを湯ヶ島で聞いたように思うわ。そう、昭和2年ですか……。尾崎さんと一緒の頃……。
今東光から聞いた、葱の話を小説の材料にしたくらいだから……もしかしたら材料に困っていたんでしょうか。
小説家が自殺したいような気持になるのは……やっぱり作品に行き詰まったときでしょうねぇ……。わたしは、一度も自殺をしたいと思ったことはないわ。心中も、小説には書いても、憧れたことはない。
梶井基次郎との出会い
わたしが梶井さんに初めて会ったのは伊豆湯ヶ島で……だったと思うけれど。広津(和郎)さんか川端(康成)さんに紹介されたんでしょう。湯ヶ島へ最初に行ったときは尾崎と一緒でした。川端さんが逗留していた湯本館に泊まったの。わたしはそれから幾度も湯ヶ島に逗留して小説を書いたり梶井さんに会ったりするわけです。
わたしたちが梶井さんとつき合い始めた頃には、もう結核の第三期だったそうです。それでも自分のことをちっとも語らない人でね、私は病気だなんて誰にも言わなかった。
わたしもちっとも知らないで、普通につき合っていたのよ。病気なら弱気で、大阪のご実家に早く帰したり何かすればよかったのに……。
梶井さんは、他人のことはとても優しく心使いをするけれども、自分のことは語らない、構わない、という特別の人でした。
ああ、今日はやっと、梶井さんのお墓(大阪市・常國寺)にくることができてよかったわ。お墓の前にいたときだけ、雨が降ったのね。梶井さんが、宇野さんよく来てくれたって、喜んで泣いてくれたような気がしたわ。

