恋愛感情を持っているつもりはなかった
散歩もしましたよ。草や鳥や木のことをとてもよく識っているのよ。自分がこう思う、こんな気持だ、というような事はひとつも語らない、木や花の話しかしない――というより、それに託して語るのよ。
わたしが梶井さんとあんまり仲よくするものだから、それが馬込村で大変に噂されていたようなのよ。わたしは梶井さんに恋愛感情を持っていないと思っていましたからね、しかし、とても好きで尊敬していましたから。梶井さんが東京に出てくるので、そのとき馬込にもお寄りしますって葉書を寄越したの。
わたしは嬉しくて嬉しくて、その葉書をヒラヒラさせながら、「梶井さんが来るのよ!」って、馬込中を触れて歩きました。そんなのを見れば誰だって、宇野千代と梶井は何かある、と思ったに違いないのよ。
尾崎とうまく行かなくなった原因も、梶井さんとのことだった、とも言えるんです。けど、湯ヶ島にわたしがしょっちゅう行くようになった、その頃にもう尾崎さんとは駄目になりかけていたのでしょうね。
尾崎が初めて『世紀の夜』という新聞小説を書いたのを、わたしは湯ヶ島である日新聞を広げて知ったのよ。こんなに重大なこともわたしに報らせてこなかったのか、と思って愕然としました。――そういう、わたしの不安定な精神状態を、梶井さんはどんなにか慰めてくれた人です。
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