冷戦期も大国はインドネシアを奪い合った
冷戦期にも同様だった。1965年の「9月30日事件」と、その後の反共粛清を経て容共政策を掲げた初代大統領のスカルノ体制は崩れ、第2代のスハルト体制への移行が進んだ。この過程については米中央情報局(CIA)など米情報機関の関与説が長く語られてきた。
事件そのものへのCIAの関与を示す資料は確認されていないが、米政府がインドネシア共産党(PKI)の排除を歓迎し、その後の陸軍による反共作戦を支援したことを示す資料は公開されている。この説は完全な憶測とは言い切れない。
1965年の話を現代にそのまま重ねるべきではないが、中国との関係が鉄道やニッケル投資を越え、AI、ミサイル、軍事通信、衛星、機密情報といった安全保障の核心へ入り込めば、米国をはじめとする各国の外交・安全保障・情報機関がインドネシアでの情報収集や働き掛けを強めることは十分考えられる。
なお、現在は経済面での結束が知られるASEANは、スカルノ失脚後の1967年、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、シンガポールの5カ国で発足した。冷戦下での共産主義勢力拡大を強く警戒する反共産主義連合の性格を持ったことは記憶されていい。インドネシアがどの勢力との関係を重視するかは、東南アジアの方向性を決定付けるほどの影響を持つ。
パキスタンの事例、最初はインフラ→デジタル分野へ
今回の中国による債務の「利息負担の大幅減」には、軍事のほかにAI輸出の見返りを求めたと考えられる。中国に最近まで長期間勤務した駐在員によると「習近平政権初期の2010年代半ばまでに重視された一帯一路のインフラ輸出は金も時間もかかるため、最近はDeepSeekなどの中国製AIを輸出することでより効率よくデータ資源から利益を得ようとしている」という。
パキスタンがその好例だ。中国・パキスタン経済回廊(CPEC)は、2015年の習近平国家主席のパキスタン訪問を機に、道路、鉄道、グワダル港、発電所などを中心とする大型事業として本格化した。
通信分野では16年に中国国境からラワルピンディまでの820キロの光ファイバー敷設工事を開始し、18年7月に完成・開通した。その後、CPECは5G、サイバーセキュリティー、衛星通信、データセンター、クラウドへ領域を拡大。25年9月の第14回CPEC合同協力委員会では、「デジタル・シルクロード」として5G、光ファイバー、データセンターへの投資に加え、AIと量子コンピューティングの共同研究所設置構想まで提示された。物理的な交通回廊が約10年かけてデジタル・先端技術協力へ拡張した。
(CPEC Secretariat「Pakistan and China Enter New Era of Economic Cooperation as Minister Ahsan Iqbal Inaugurates 14th JCC Meeting in Beijing」)

