AI時代を生き抜くために必須の力
ちなみに、日本の生徒の学校の勉強におけるAI利用頻度はOECD加盟国中で最も低かった。これは決して「AIを使わないほうが成績が良い」ということではない。実際、エストニアやシンガポールはAI利用率がOECD平均を大きく上回りながら、上位を維持している。
教育において「基礎」を怠っていない国が、その延長線上で「応用」においてAIを有効に活用していると考えるべきだろう。要は使い方しだいだ。
筆者は、AI時代に人間の価値を決めるのは「問いを立てる力」や「答えを選び取る力」だと論じた。
※ダイヤモンドオンライン「毎日1000人が解雇ってマジか…AIで『切られる人』と『1人で“大企業”になる人』の差」(2026年5月12日)
そうした力も、知識がなければ働かない。知らない分野について、本質的な問いは立てられない。
AIは「答えの生産工場」であり、その点はすべてのユーザーに平等だ。差がつくのは的確な問いを立て、AIの出す答えに対して的確な評価ができるかどうかである。言い換えると、思考力がなければ、適切に使いこなせないということになる。
日本でも「速く正確に読む力」に異変
日本がOECD首位になったからといって、日本の教育が「安泰」なのではない。その点は、各メディアが警告しているとおりだ。
OECD平均の読解力は2015年から10年間で28点も下がっている。PISAでは20点がおおむね学校教育1年分に相当するとされており、それに従えば1年半分もの後退である。
日本も例外ではなく、読解力も前回の516点から503点へと統計的に有意に低下した。
注目すべきはその中身だ。文部科学省と国立教育政策研究所の分析によれば、日本では「評価し、熟考する」設問の正答率はむしろ上昇している。低下したのは「読みの流暢性」、つまり文章を速く正確に読む力だった。
さらに、習熟度が最も低いレベル1以下の生徒は13.8%から18.6%に増える一方、上位層の割合には有意な変化がなかった。全体の読解力が落ちたというより、上位と下位の差が広がった結果である。
考える力はあるのに、基本となる読み取りで取りこぼす。しかも、取りこぼしが下位層に集中する。日本の基礎が下位層から揺らいでいることが、読解力の低下から見て取れる。

