「基礎vs自主性」の結果が出た
FTによれば、イングランドやエストニア、東アジア諸国など、基礎的な内容を重視し続けた国は成績の悪化を食い止めている。
低得点層の割合もOECD平均を大きく下回る。今回の上位国・地域がことごとく東アジアであることを考えれば、これは「日本対フィンランド」ではなく、「基礎重視型」と「自主性重視型」の違いだったと考えるべきだろう。
日本の教育論には、「暗記より思考」「知識より個性」と言えば進歩的に見えるという空気が長くあった。FTは、「進歩主義的な教育論者は伝統的な教育方法を安易に過小評価しがちだ」と指摘したうえで、「身につけた事実は批判的思考の土台となり、方程式を繰り返し解くことは抽象的推論の能力を磨く」と主張している。
九九を覚えていない子どもに数学的思考を求めても、考える前に計算で手が止まる。暗記ができていれば、計算に認知資源を奪われず、問題を考えることに集中できる。
英語学習も同じで、英単語の暗記や文法知識の詰め込みを軽視すれば、それだけ英文読解にも時間がかかる。とくに論説文の読解などは困難だろう。重要なのは、訳語を思い出さなくても英単語の意味がわかり、英文法知識を思い出さなくても英文法を無意識に使いこなせることにある。
重要なのは暗記それ自体というより、「いったん暗記して、その知識を無意識に使いこなせるようになるまで練習すること」というプロセスを経ることにある。「暗記か思考か」という二項対立がそもそも誤りなのであって、問われているのは「基礎から応用へ」という順序をしっかりと守ることだ。
基礎がある子どもはAIも使いこなす
今回、この順序の重要性をさらに明確にしたのが、生成AIである。
PISAでは、文章の要約や下書きなどの学校課題でAIを頻繁に使う生徒の成績は、ほとんど使わない生徒に比べて低い傾向がある一方、思考を代替させるのではなく、補助としてAIを使う生徒は、むしろ良好な成績を示す場合があるとしている。
両者の分かれ目は、AIを使うかどうかではなく、AIを使いこなせる「基礎」があるかどうかである。基礎力のある生徒にとってAIは思考を加速させる道具になりうるが、基礎のない生徒にとっては思考そのものの代わりに陥るリスクがある。それでは、思考力を養うことは難しい。
AIは使い方によっては既存の学力差がさらに広がる可能性がある。その分岐点が「基礎ができているかどうか」である。
