「明白な弱者」と「曖昧な弱者」が存在する

このように高市氏の中では、「弱者」が二つの種類に分かれていると見ることができる。経済的な格差の「下」にいる貧困層や、文化的な多様性の「端っこ」にいるマイノリティなど、一般に社会的弱者として認定されている層と、そうではなく「真ん中」にいながらも、つまり中間層やマジョリティに属しながらも何となく弱っている層だ。

前者を「明白な弱者」、後者を「曖昧な弱者」と呼ぶことができるだろう。

だとすると高市氏のスタンスは、「明白な弱者」には冷たいが「曖昧な弱者」には優しい、ということになる。一方でリベラル派のそれは、とにかく「明白な弱者」に優しいというものだろう。

こうした違いの背後には、今日の社会と政治をめぐるいかなる状況があるのだろうか。以下 では「明白な弱者」と「曖昧な弱者」との関係という観点から、とくに歴史的な経緯を踏まえつつ、この点について考えてみたい。

「明白な弱者」とは誰か

ここであらためて考えてみよう。とはそもそもどのような人たちなのだろうか。まず原理的なところから見ていこう。

「誰が弱者なのか」をめぐるわれわれの社会的合意は、一般に二つの観点からなされていると考えられる。経済的な観点と文化的な観点だ。経済的な観点での弱者とは、要するに困窮者のことだ。一方で文化的な観点での弱者とは、歴史や制度の中で従属的な地位に置かれ、差別されてきた人々、すなわち被差別者のことだろう。

つまり社会的弱者とは、経済的弱者としての困窮者と文化的弱者としての被差別者のことだ、とさしあたり考えるのが、われわれの大方の合意なのではないだろうか。

こうした考え方を定式化してきた思想として捉えられるのが、20世紀におけるリベラリズムだ。その頂点となった1960年代のアメリカで、公民権運動の盛り上がりなどを背景に、「偉大な社会」の実現のためには「貧困」と「差別」を克服しなければならないとリンドン・ジョンソン大統領が訴えたことに、その眼目が示されていると言えるだろう。

アメリカの公民権運動
アメリカでは公民権運動が盛り上がった(写真=Rowland Scherman/CC-PD-Mark PD US Government/Wikimedia Commons

政治が、貧困と差別を克服しようとしてきた

ではそのための取り組みはどのようなものだったのだろうか。まず貧困への取り組み、つまり経済的弱者への支援は、福祉国家の枠組みの中で、主として社会保障政策を通じて経済的な再分配を行うこと、すなわち「再分配の政治」によって進められてきた。

一方で差別への取り組み、つまり文化的弱者への支援は、アイデンティティ・ポリティクスの枠組みの中で、主として人権政策を通じて文化的な承認を与えること、すなわち「承認の政治」によって進められてきた。

こうした考え方はアメリカに固有のものというわけではない。いわゆるリベラルデモクラシーのもとでリベラリズムの理念を護持している国では、多かれ少なかれ共有されているものだろう。もちろん日本もそうした国の一つだ。