世界はフラット化していない

なぜ「グローバル企業」は生まれにくいのでしょうか。その問いに対する仮説としてラグマンが重視したのはファーム・スペシフィック・アセット(Firm Specific Asset。以下、FSA)、つまり、「企業固有の強み」という概念です。ラグマンは、彼の分析結果をもって、企業のFSAは本質的に限られた「地域」でしか通用しないのではないか、と主張します。たとえば日本企業のFSAはアジア地域だけ、フランス企業のFSAは欧州だけでしか有効ではないのではないか、と考えました。

さらにこの考えを補完するのが、元ハーバード大学ビジネススクール経営戦略部門ディレクター(現スペインIESE教授)のパンカジュ・ゲマワット教授が、03年に発表した論文です。この論文でゲマワットは、世界の貿易・直接投資などの各種経済データを精査したうえで、「そもそもこの世は十分グローバル化したとはいえない」と主張しました。なぜなら、世界中の国と国の間には、文化的、制度的、地理的、経済的な次元で、依然大きな違いがあるからです。これらの違いはIT革命などで簡単に埋まるものではありません。一時は「世界はフラット化している」というジャーナリスティックな言説も流行りましたが、研究者の厳密な分析からは、逆の意見が出ているのです。

このように国と国の差はまだ大きく、世界は厳密な意味でグローバル化していません。ですから、世界中で満遍なく効力を発揮するFSAを持つ「グローバル企業」もまた少なくて当然、ということなのです。

そしてこの話は「グローバル人材」でも同じなのではないか、と私は考えています。少なくとも「グローバル」という言葉を「世界中」と定義するなら、個人の強みの大部分は一定の国や地域でしか通用しない、と考えるべきなのかもしれません。